M&Aの独占交渉権とは?優先交渉権との違いや法的な拘束力について解説!

取締役 営業本部長
矢吹 明大

株式会社日本M&Aセンターにて製造業を中心に、建設業・サービス業・情報通信業・運輸業・不動産業・卸売業等で20件以上のM&Aを成約に導く。M&A総合研究所では、アドバイザーを統括。ディールマネージャーとして全案件に携わる。

M&Aの交渉では、基本合意書を締結する時点で、独占交渉権や優先交渉権を付与するのが通例です。本記事では、M&Aの独占交渉権の意味や優先交渉権との違いを解説するとともに、独占交渉権が持つ法的拘束力や権利が発生する期間などについて解説します。

目次

  1. M&Aの独占交渉権とは?
  2. M&Aの独占交渉権に関する留意点
  3. M&Aの独占交渉権と基本合意書の関係
  4. M&Aの独占交渉権と優先交渉権との違い
  5. 独占交渉権と優先交渉権の選択について
  6. M&Aの独占交渉権の雛形
  7. M&Aの独占交渉権まとめ
  8. M&Aの独占交渉権に関するご相談ならM&A総合研究所
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1. M&Aの独占交渉権とは?

M&Aの独占交渉権(Exclusive Right)とは、買い手企業が売り手企業に対して、自分とだけ交渉を行うことができる権利のことです。「単独交渉権」とも呼ばれます。独占交渉権は買い手が売り手に対して持つ権利で、売り手が買い手に対して独占交渉権を持つことはありません。

M&Aでは、さまざまな買い手・売り手候補を吟味して、いくつかの企業と交渉を行います。そのなかで最も条件がよい企業に絞るとともに、他にもっとよい条件を提示する企業がないか探します。

売り手は複数の買い手と並行して交渉する必要がありますが、買い手としてはライバルがいないほうが交渉を進めやすいでしょう。そこで買い手は、ある程度の合意が固まった時点で独占交渉権を与えてもらい、売り手が自分とだけ交渉するように求めます。

独占交渉権を得ると、それ以降売り手は他企業と交渉できなくなり、独占交渉権を与えた買い手とだけ交渉しなければなりません。

デューデリジェンスの前に独占交渉権を付与することで、デューデリジェンス中に売り手が他の企業と交渉してしまい、デューデリジェンスのコストが無駄になるリスクをなくすことが可能です。

2. M&Aの独占交渉権に関する留意点

この章では、M&Aの独占交渉権に関する留意点を見ていきましょう。

M&Aの独占交渉権の期間

M&Aの独占交渉権はいったん付与されたらずっと権利が続くのではなく、ある一定期間だけ付与されて期間が終われば消滅します。M&Aで独占交渉権を付与する際は、期間を適切に定めることが重要です。

M&Aにおける独占交渉権の期間は、2カ月から3カ月程度が多いです。もちろん1カ月など短い期間にしてもよいですし、長めに半年くらいも取れます。一概に長ければよい、または短ければよいのではなく、それぞれのM&Aスケジュールに適した期間を設定することが大切です。

一般的に、デューデリジェンスを行ってその結果をもとに最終交渉を行い、最終契約書を締結するのに必要と考えられる期間に設定するのが適しています。デューデリジェンスをどれくらい綿密に行うのか、最終交渉はスムーズにいきそうかなどを見極めて、独占交渉権の期間を設定しましょう。

【M&Aの独占交渉権の期間】

  1. 2カ月から3カ月が一般的
  2. 短いと1カ月、長いと半年くらいの場合もある
  3. 適切な期間を設定することが重要

M&Aの独占交渉権の法的な拘束力

M&Aの独占交渉権は、法的拘束力を課することが重要です。約束を破っても罰則がないのなら、売り手は独占交渉権を反故にして他の買い手と交渉しても、何の痛手もないでしょう。

しかし、M&Aの独占交渉権に対して、具体的にどのような法的拘束力を持たせるのかは難しい問題でもあります。

一般的には、売り手が権利を反故にした場合、買い手が違約金を請求できるようにします。しかし、違約金をどれくらいに設定するのかは、買い手と売り手がしっかり交渉し、お互い納得できる額に定める必要があるでしょう。

独占交渉権における違約金の額は、アメリカでは譲渡価格の1%から5%程度が通例といわれていますが、日本では明確な基準は存在しません。デューデリジェンスにかかる費用などを勘案して、個別に額を決めます。

3. M&Aの独占交渉権と基本合意書の関係

M&Aの独占交渉権は、基本合意書の締結時に付与されるのが一般的です。M&Aの独占交渉権をうまく活用するためには、基本合意書とは何か、および独占交渉権と基本合意書の関係を知っておく必要があります。

基本合意書とは

基本合意書とは、M&Aの交渉段階である程度の合意が固まったときに、そこまでの合意内容を明文化する書面です。買い手と売り手の経営者同士が面談し、お互いこれから本格的なM&A締結に向けて進む意思が固まった時点で作成します。

基本合意書に記載する内容に法的な規定はありませんが、一般には買収予定額や買収のスキーム、譲渡の予定日や今後のスケジュールなどを記載します。

基本合意書は法的拘束力のある書面ではありません。ここまでの合意内容に関する認識を統一するとともに、これから本格的にM&A締結に向けて進んでいく意思確認の意味合いもあるでしょう。

基本合意書に独占交渉権も記載しておけば、買い手は売り手に対して独占的に交渉できます。

独占交渉権と基本合意書の関係

M&Aにおいて買い手に独占交渉権を与えるタイミングは特に決まっていませんが、一般的には基本合意書に記載して権利を付与します

基本合意書の記載内容は基本的に法的拘束力を持ちません。独占交渉権は例外的に法的拘束力を持たせるのが一般的です。約束を破って他の買い手と交渉すると、損害賠償や違約金などを請求される場合があります。

基本合意書を締結した後は、買い手は多大なコストをかけて売り手企業のデューデリジェンスを行います。基本合意書には、売り手がデューデリジェンスに真摯に協力する条項も盛り込むことが多いでしょう。

買い手としては、この時点でほぼ確実にこの売り手とM&Aを締結できる見込みがなければ、コストをかけてデューデリジェンスを行うことが無意味になります。

デューデリジェンスへの協力義務が盛り込まれる基本合意書において、同時に独占交渉権も付与するのは買い手にとって重要です。

基本合意書に関する譲渡側のリスク

独占交渉権を基本合意書に盛り込むと、譲渡側は平行して第三者と交渉できません。その結果、以下のリスクが生じるでしょう。

  • より高値のオファーがきても交渉できない
  • 譲受側との交渉が不成立になると、第三者と一から交渉する必要があるので売却までにより時間がかかる

基本合意書に独占交渉権を必ず盛り込む必要はありません。譲渡側の交渉力やM&Aプロセスを考慮して、盛り込むかどうか決定しましょう。

基本合意書に関する譲受側の重要性

譲受側は、独占交渉権を盛り込むと、以下の点において重要性があります。

  • 譲渡側の本気度を確認できる
  • デューデリジェンスの費用を無駄にする可能性が下がる

譲渡側の本気度が低い状態で最終契約交渉を実施した場合、他社からよりよいオファーがくるとその譲受側へ売却することも考えられます。すると、デューデリジェンスの費用も無駄になってしまうでしょう。

綿密なデューデリジェンスを行うためにも、譲受側は基本合意書に独占交渉権を盛り込んでください。

Fiduciary Out条項とは

譲渡側が第三者から魅力的なオファーを受けたとき、譲受側は譲渡側の請求に応じて買収条件の見直しを誠実に協議する条項が、Fiduciary Out条項です。

独占交渉権を現在の譲受側に与えたために、譲渡側がよりよいオファーを逃すのは株主利益を毀損しているといわれる可能性があります。譲渡側の取締役が善管注意義務とならないために、この条項を盛り込むこともあるでしょう。

違反金(Break-up fee)に関する条項とは

相手が独占交渉権条項に違反した場合やFiduciary Out条項の適用となり取引が成立しなかったケースで、一定の違約金を支払う条項が、違反金(Break-up fee)に関する条項です。違約金の額は、アメリカのM&A事例では1~5%くらいといわれています。しかし、日本では一般的な水準が定まっていません。

独占交渉権の期間が3カ月など短ければ、独占交渉権の期間が終わってから第三者と交渉を進められるので、Fiduciary Out条項やBreak-up fee条項を盛り込むことは少ないでしょう。

【関連】M&Aで用いる契約書を徹底解説【ひな形・サンプルあり】

4. M&Aの独占交渉権と優先交渉権との違い

M&Aでは、基本合意の時点で買い手に独占交渉権を与えるのが一般的ですが、売り手が他の買い手候補とも交渉を継続したい場合は、優先交渉権を付与することもあります。

独占交渉権と優先交渉権は似ているようで意味が違うので、その違いを理解しましょう。この章では、M&Aにおける優先交渉権とは何か、また独占交渉権と何が違うのかを解説します。

優先交渉権とは

M&Aにおける優先交渉権とは、売り手企業が複数の買い手候補と交渉している場合において、ある買い手企業が他の買い手候補より優先的に交渉できる権利のことです。

例えば、優先交渉権を持つA社が1億円での買収を提案しているときに、後からB社が同じく1億円での買収を提案してきた場合、A社がB社より優先して交渉できます。

B社がA社より有利な条件、例えば2億円での買収を提案してきた場合は、売り手はB社と交渉できます。

優先交渉権を与える買い手候補の数は、1社でも複数でもかまいません。例えば、A社とB社の2社に優先交渉権を与えた場合、C社が新たに交渉を持ちかけてきても、A社とB社はC社より優先して交渉できます。

ただし、この場合A社とB社の関係は対等であるため、例えばA社がB社より優先して交渉はできません。

独占交渉権と優先交渉権の違い

M&Aにおける独占交渉権と優先交渉権の最も大きな違いは、売り手企業が他の買い手候補と交渉できるかどうかです。優先交渉権はあくまで交渉の優先権を与えるものであり、売り手は同時進行で他の買い手候補を探すことも可能です。

一方、ある買い手企業に独占交渉権を付与すると、売り手は他の買い手候補と一切交渉できなくなります。独占交渉権は独占的な権利を与えるものなので、当然複数の買い手に付与できません。優先交渉権は、複数の買い手に同時に付与できます。

【独占交渉権と優先交渉権の違い】

  • 優先交渉権は他の買い手とも交渉できる
  • 優先交渉権は複数の買い手に付与できる

【関連】M&Aのスケジュールを解説!【買収までの流れ・手順】

5. 独占交渉権と優先交渉権の選択について

買い手としては、独占交渉権を主張すべきか、それとも優先交渉権にすべきかは重要な選択ともいえます。どちらの権利も主に買い手におけるリスクヘッジのために付与するので、売り手は可能ならば付与せずに他の買い手と交渉できる余地を残しておきたいでしょう。

M&Aにおける独占交渉権や優先交渉権は、買い手・売り手にとってお互い利益相反になる面があります。独占交渉権と優先交渉権どちらを付与するのか、その内容をどうするか、は非常に重要な問題で買い手と売り手の間でもめる原因にもなり得ます。

M&Aの交渉をスムーズに進めるためには、独占交渉権・優先交渉権それぞれのメリットとデメリットを把握し、買い手・売り手双方が納得できる条件を模索することが大切です。

独占交渉権のメリット・デメリット

独占交渉権は、買い手・売り手どちらの立場に立つかによってメリット・デメリットが全く変わるので、双方の立場で理解しましょう。以下では、具体的なメリット・デメリットを紹介します。

独占交渉権のメリット

買い手は、自社以外の買い手候補が交渉する心配がないので、安心してデューデリジェンスなどにコストをかけられるのがメリットです。

コストをかけてデューデリジェンスを行ったにもかかわらず、売り手が他の買い手とM&Aを締結してしまう事態を避ける意味でも、独占交渉権の付与は買い手にとって重要です。

逆に売り手側のメリットは、買い手に安心感を与え、一社だけと誠実に向き合って交渉を進める意思表示ができる点が挙げられます。

売り手は、「この買い手に対して不満はないが、もしかするともっとよい買い手が現れるかもしれない」と独占交渉権を付与せずに進めたい思惑もあります。

しかし、こうした考え方で交渉してしまうと、買い手が真剣にM&Aを検討できなくなる可能性もあるので、買い手と売り手双方の利益を考慮することが大切です。

【M&Aの独占交渉権のメリット】

  • 買い手:他の買い手と交渉される心配がない
  • 売り手:一社だけと誠実に交渉する意思表示ができる

独占交渉権のデメリット

買い手にとっては、独占交渉権を付与したせいで損をする要因は特にありません。基本合意の締結の際は、できるだけ独占交渉権を付与するように求めていくことが大切です。

売り手は複数の買い手候補とてんびんにかけた交渉ができなくなるので、自分の立場だけを考えればデメリットが大きいといえるでしょう。

特にもっとよい条件を提示する買い手が出てきた場合は、独占交渉権が大きな重荷となります。売り手は、独占交渉権を付与する前に買い手候補をしっかりと絞り込むことが重要です。

【M&Aの独占交渉権のデメリット】

  • 買い手:特になし
  • 売り手:他の買い手と交渉できない

優先交渉権のメリット・デメリット

続いて、M&Aにおける優先交渉権のメリット・デメリットを見ていきます。優先交渉権自体が持つメリット・デメリットだけでなく、独占交渉権と比較したときのメリット・デメリットの両面で考えることが大切です。

優先交渉権のメリット

優先交渉権は、他の買い手候補と引き続き交渉ができるので、売り手にとってメリットの大きい選択です。特に他の買い手候補とまだ交渉の余地がある場合は、特定の買い手に独占交渉権を与えると損をする可能性があります。

他の買い手候補の存在を匂わせることによって、買い手同士の競争を促す効果を期待できるのも、売り手にとってのメリットです。

買い手にとっては、優先交渉権によって優先的に交渉できるメリットはありますが、独占交渉権ではなくあえて優先交渉権を選ぶメリットは特にありません。ただし、独占交渉権よりも売り手からの合意を得やすいのは、買い手にとってメリットとも考えられます。

【M&Aの優先交渉権のメリット】

  • 買い手:売り手からの合意が得やすい
  • 売り手:他の買い手と交渉できる

優先交渉権のデメリット

売り手にとって、独占交渉権と比べたときの優先交渉権におけるデメリットは特にないといえます。ただし、それでも特定の買い手に優先的な権利を与えるので、交渉の選択肢が減るのはデメリットです。

買い手が独占交渉権を要求してきたのに、それを拒否して優先交渉権で妥協させた場合、買い手の買収意欲をそぐ可能性もあります。一社に対して本格的な交渉をしたい場合は、独占交渉権を付与したほうが買い手に安心感を与えられます。

買い手のデメリットは、売り手が他の会社と交渉を進めてしまう可能性です。

【M&Aの優先交渉権のデメリット】

  • 買い手:他の買い手と交渉される可能性がある
  • 売り手:特になし

6. M&Aの独占交渉権の雛形

経済産業省では、M&Aの独占交渉権に関する合意書の雛形を公開しています。具体的な条項は、以下のとおりです。

  • (独占的交渉権)甲は、本合意の有効期間中は他のいかなる者との間でも、対象会社に係るM&A取引(対象会社株式の譲渡及び取得、対象会社の事業譲渡及び譲受、増資の引受け、合併、株式交換、会社分割、資本業務提携等の取引をいう)に関する交渉を行ってはならない

参考:経済産業省「(参考資料7)各種契約書等サンプル 」

7. M&Aの独占交渉権まとめ

M&Aでは、買い手に独占交渉権か優先交渉権を与えることで、交渉をスムーズに進められます。両者それぞれの意味とメリット・デメリットを正しく理解したうえで、M&A交渉に生かすことが大切です。

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