偶発債務とは?具体例・引当金との違いやM&A上での扱いを解説!

会計提携第二部 部長
向井 崇

銀行系M&A仲介・アドバイザリー会社にて、上場企業から中小企業まで業種問わず20件以上のM&Aを成約に導く。M&A総合研究所では、不動産業、建設・設備工事業、運送業を始め、幅広い業種のM&A・事業承継に対応。

偶発債務とは、現時点で特定の人に給付や行為が確定しないが、過去に起きた取引に関連して将来何かしらの事象が発生した際に、給付や行為が確定する債務です。偶発債務を理解していないとM&Aの際、買い手側が大きなリスクを抱えることになります。

目次

  1. 偶発債務とは?
  2. 偶発債務の具体例
  3. 会計上での偶発債務の扱い
  4. M&A上での偶発債務の扱い
  5. 偶発債務が発覚した場合の扱い
  6. 【参考】偶発債務の仕訳例
  7. 偶発債務はM&Aの早い段階で見つけよう!
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1. 偶発債務とは?

偶発債務とは、現時点で特定の人に給付や行為が確定しないが、過去に起きた取引に関連して将来何かしらの事象が発生した際に、給付や行為が確定する債務です。

現時点では正確な負債額が決まっていないため、貸借対照表には金額と内容を注記で記載し、いつ発生しても対応できるようなリスク管理が重要です。

また、注記に記載すれば、株式等の利害関係者に情報を流せます。偶発債務とよく間違われる言葉に「簿外債務」が挙げられます。

簿外債務は名称が似ているため間違われやすいですが、違いを理解しておくと便利でしょう。

偶発債務と薄外債務の違い

簿外債務とは、まとめた帳簿以外の債務です。主に貸借対照表に注記されていない債務を指します。そのため、簿外債務の一部分が偶発債務ということです。簿外債務の代表的な債務は以下が挙げられます。

  • リース債務
  • 退職給付引当金
  • 賞与引当金
  • 製品保証引当金
  • 貸倒引当金
  • 役員退職慰労引当金
  • 債務保証損失引当金

簿外債務と偶発債務は間違いやすい傾向にもあるため注意しましょう

偶発債務と引当金との違い

引当金も偶発債務と間違われやすい言葉として挙げられます。引当金とは、会計において将来発生する可能性がある特定の損失に準備するために、事前に当期の費用として用意しておく見積金額です。

日本税理士会連合会が公表した「中小企業の会計に関する指針」による会計制度では、以下4点を満たすものは引当金とされています。

  1. 将来の特定の費用又は損失であること
  2. 発生が当期以前の事象に起因していること
  3. 発生の可能性が高いこと
  4. 金額を合理的に見積れること

上記要項によると、引当金と偶発債務の違いは3と4に該当するかどうかです。偶発債務の場合、3と4に該当しませんが、該当した時点で引当金として貸借対照表に計上されます。

2. 偶発債務の具体例

ここからは、偶発債務の具体例について解説していきます。開設する具体例は以下の通りです。

  • 債務保証
  • 訴訟による損害賠償債務
  • 手形取引・裏書譲渡
  • 未払い賃金
  • デリバティブ取引

それぞれの具体例について見ていきましょう。

債務保証

債務保証とは、債務者が債務不履行になった場合、保証人が債務者に代わって債務履行する責任を負う契約を締結して債権を担保し、保証人になる行為です。

債務保証が偶発債務とされるのは、当該債務者の債務の履行ができない可能性が低くなることや、保証を行う金額が見積れないことです。

ただし、当該債務者の財政状況が悪くなり、保証人となった会社が代わりに債務履行する可能性が高まる及び、支払うことでその金額が見積れる及び確定した場合、引当金や貸借対照表上の債務に計上します。

また、注記する対象は直接的に債務保証を行うものだけでなく、経営指導に関する念書を差し入れる行為も該当するため注意しましょう。

訴訟による損害賠償債務

偶発債務の中には、訴訟を受け被告となったことも挙げられます。被告となって敗訴した場合、損害賠償金の支払いが生じる可能性が高いです。

ただし、当該訴訟の結果によって見通しづけられず、仮に敗訴した場合でも判決で命じられる支払いの金額についての見積りは困難です。そのため、訴訟を受け被告となった場合、偶発債務として注記を行い財務諸表利用者に足して注意を促しましょう。

手形取引・裏書譲渡

手形取引とは、取引先から受け取った約束手形を支払期日前に銀行で現金化することです。裏書譲渡とは、取引先から受け取った約束手形を第三者に譲渡し、現金化することです。

この方法は、手形はすでに現金化しているため、直接的な貸倒のリスクはありませんが、手形を譲渡した時点で、手形を渡した側にも一定の責任が発生します。

一定の責任とは、手形の支払人が何かしらの理由で債務不履行になった場合、手形の金額を支払う義務です。そのため、手形取引や裏書手形についても、将来発生する可能性がある偶発債務であると判断できます。

未払い賃金

未払い賃金も偶発債務の1つで、中小企業では恒常的に発生していると言われています。未払い賃金は以下の場合に発生します。

  • 社員の残業を把握していなく、残業代を支払っていない場合
  • 打刻した労働時間と実際に勤務した時間に差異がある場合
  • 有給休暇を取得した分の給与を支払っていない場合

上記の未払い賃金は、会社としての存在や正確な金額を把握することが困難なため、社員からの指摘や労働基準監督署から指摘を受けて初めて会社として気付く場合があります。

未払い賃金が存在することが確定した時点で賃金支払い義務が生じ、会社の損失として計上されます。

デリバティブ取引

デリバティブ取引とは、債券や株式、金利など、原資産から派生した金融商品であり、主に金融機関が企業に向けた販売を行う行為です。

デリバティブ取引で偶発債務が発生する具体例として為替予約があります。為替予約とは、為替変動リスクを回避することを目的として、将来のある時点で外国通貨を購入・売却する権利を現時点で契約する取引です。

海外に会社があったり、海外企業と取引を行っている企業であれば、中小企業でも活用している金融機関です。為替予約を活用している場合、固定した為替相場と実際のレートに差異があるため、損失が発生する可能性があるため、時価評価を行い損失計上を行えば偶発債務となります。

3. 会計上での偶発債務の扱い

ここでは、会計上での偶発債務の取り扱いについて解説していきます。会計上での取り扱い方法を理解していないと計上できない可能性があるため注意が必要です。計上を行うためにも、会計上での偶発債務の取り扱い方法を理解しておきましょう。

貸借対照表や損益計算書には計上はせず注記で記載

偶発債務は、将来一定の条件が成立した場合に発生するため、決算日時点では負債額を予測することは困難なので、貸借対照表には計上しません。

貸借対照表は、企業の財政状態を債権者や株主、利害関係者に正しく表示するための表であり、不確定である時点では偶発債務の内容と金額を財務諸表には注記し、情報提供を行います。

偶発債務の可能性が高まった場合、貸借対照表に引当金として計上し、債務と確定した時点で初めて負債計上されます。引当金として計上される場合の条件は以下のとおりです。

  • 将来の特定の費用又は損失であること
  • 発生が当期以前の事象に起因していること
  • 発生の可能性が高いこと
  • その金額を合理的に見積ることが可能であること

注記の記載例

注記の記載例について以下2つを挙げて解説します。

  • 保証債務
  • 訴訟

それぞれの具体例を見ていきましょう。

保証債務


保証債務の注記の記載例は、上場会社の有価証券報告書を参考に記載できます。
ここでは、実際の事例を参考に記載方法を紹介します。

記載例

当社は、従業員等の金融機関等からの借入債務に対し、保証を行っております。
従業員 7,843百万円
その他 834百万円
計8,677百万円

訴訟

訴訟の注記の記載例に関しても、上場会社の有価証券報告書の記載例を参考に記載できます。
訴訟を注記する場合、訴訟内容などを記載するため長文になるので、一部を抜粋して紹介します。

記載例

当社は2016年に独占禁止法の疑いで公正取引委員会の立入検査を受けました。
この件に関しましては、2016年6月18日に公正取引委員会により5,893百万円の課徴金納付命令を受けましたが、当社は審判手続開始請求を行い、審判は2020年10月26日現在継続中です。
課徴金:5,893百万円泳簿遅延損害金

当社は、独占禁止法に違反する事実は一切無いものと確信しており、その見解の正当性を主張していく方針です。
しかし、審判の結果出される審決が当社にとり好ましくないものとなれば、その年度の経営成績及びキャッシュフローに重要な影響を及ぼすことが考えられます。現時点では、かかる結果が生じる可能性を推測することは出来ません。

4. M&A上での偶発債務の扱い

偶発債務の存在が問題になりやすいのが、M&Aについて交渉をする際です。

買収価格を算定する際は、譲渡企業の株主資本などを基に算出しますが、偶発債務は貸借対照表に負債として計上されていません。

本来であれば、偶発債務の分だけ株主資本が圧縮され、買収価格が低くなります。

しかし、貸借対照表だけを見て、偶発債務の存在に気付かないと実際の買収価格よりも高い価格が算出される可能性が高いです。

その際、重要になるのが「デューデリジェンス」です。デューデリジェンスについて詳しく見ていきましょう。

デュー・デリジェンスが重要

デューデリジェンスとは、弁護士などの専門家に依頼して、譲渡対象企業の経営状況や財務状況を事前調査する作業です。

M&Aの最終合意前に偶発債務の存在を見つけるための手法になるので、M&Aの際は重要だと言えるでしょう。

法務や財務、労務などあらゆる事項が対象となり、法令違反の有無や訴訟の有無等について徹底的に調査します。

また、デューデリジェンスでは、貸借対照表に計上されていない偶発債務の存在についても取締役会の議事録や関係者への質問、経営資料の閲覧などを通して、調査を行います。

M&Aの最終合意前の最後の確認でもあるため、デューデリジェンスを通して偶発債務などの買収リスクを把握しましょう。

デュー・デリジェンスを成功させるポイント

デューデリジェンスを成功させるポイントは以下の通りです。

  • 関係者へのインタビュー
  • 議事録などの資料を閲覧
  • 債権者・債務者の決定

デューデリジェンスは、弁護士やコンサルティング会社に依頼しますが、依頼者側としてもポイントを抑えておくことで改めて確認ができ、ミスがなくなるでしょう。

それぞれのポイントについて見ていきましょう。

関係者へのインタビュー

関係者へのインタビューは、株主や経営者、法務部など、偶発債務の認識に関わる人全員に実施します。

インタビューは、デューデリジェンスを行う企業によって確認項目は異なり、依頼者側も直接確認が可能です。

デューデリジェンスを行う企業と自身で確認を行うことで、インタビュー内容に相違がないか確認します。

仮に相違があった場合、弁護士やコンサルティング会社と相談し、改めて確認を行います。

議事録などの資料を閲覧

議事録や取締役会などの重要な会議の資料の閲覧は、関係者のインタビュー前後に実施します。

取締役会や役員会議の議事録は重要な証拠になるため、しっかりと確認した上でインタビューとの相違がないか判断します。

基本的には、議事録に記載がある内容が重要な証拠として扱われるため、インタビューで相違した内容を回答している場合は、何かしらの虚偽がある可能性があるでしょう。

議事録をしっかりと確認した上で、インタビューを実施しましょう。
 

債権者・債務者の決定

議事録の確認と関係者へのインタビューで内容に相違がなく、確認がとれれば債務の債権者及び債務者を確定します。

債務者には自社も含まれ、のちに求償権を行使することが可能なので、偶発債務と債務者の監視を行います。債権者及び債務者は弁護士やコンサルティング会社に相談し、慎重に決定しましょう。

5. 偶発債務が発覚した場合の扱い

偶発債務が発覚した場合、M&Aの中止も可能ですが、DD移行でM&Aが不成立になると買い手側が費やした時間やコストが無駄になるので、以下の方法が活用されます。

  • M&Aのスキーム変更
  • 買収価格・表明保証条項の調整

もちろん大きなリスクがある場合、M&Aを進めるべきではないため、慎重に判断しましょう。

M&Aのスキーム変更

中小企業におけるM&Aのスキームでは、対象会社の株式の過半数を取得する株式譲渡が大多数を占めます。

株式譲渡で経営権を取得すると、資産や負債を包括的に引き継ぐため、偶発債務が発覚した際、事業に関連のない偶発債務を引き継がない事業譲渡にスキームを変更できるケースが挙げられます。

事業譲渡は、株式譲渡と異なり譲り受ける対象や範囲を選択できるため、リスク回避ができるでしょう。

買収価格・表明保証条項の調整

事業譲渡が困難な場合は、偶発債務やその他のリスクを洗い出した上で買収価格を決定します。

しかし、偶発債務の顕在化の可能性や数値化は難しいため、買収価格に反映させた上で売り手に納得してもらう交渉をすることは難しい場合が多いです。

そのため、偶発債務については、最終契約書には「表明保証条項」を設けます。

表明保証条項とは、主に売り手側が買い手に対して、契約目的物の内容が真実かつ正確であることを保証・表明する条項です。表明保証条項が真実と異なる場合の金銭的保証を盛り込んでおけば、買い手側は大きな損失を回避できるでしょう。

6. 【参考】偶発債務の仕訳例

例えば、A社が返済できない債務の保証人になった場合、A社が支払い不能になるとその債務を代わりに返済しなければなりません。これが偶発債務と呼ばれ、実際の債務ではないが将来的に債務になる可能性があるものです。この偶発債務は、契約時に備忘記録として仕訳されます。

A社が債務を返済した場合、偶発債務は消滅します。しかし、A社が返済できず、保証人が代わりに支払った場合は、偶発債務が実際の債務として確定し、反対仕訳で備忘記録を消去します。さらに、A社に対する求償権が発生し、未収金勘定で処理されます。

7. 偶発債務はM&Aの早い段階で見つけよう!

M&Aにおいて偶発債務は非常に見つけづらく、交渉後に発覚してしまうと買い手側に大きな損失となる可能性が高いです。

買い手側はリスクを回避するためにも、偶発債務を早い段階で見つける必要があります。そのため、M&Aでは弁護士やコンサルティング会社のプロを通じて行うと良いでしょう。

M&Aでは、偶発債務に気を付けて実施できるとうまく取引ができます。

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