2024年08月07日更新
M&Aにおけるのれんとは?仕組み・償却期間・会計処理を専門家がわかりやすく解説
のれんはM&A時に資産計上され、償却期間を通じた費用計上や減損を行うことが、会計基準で定められています。のれんは会社買収の基礎的な項目で、M&A時の会計処理を理解することが重要です。本記事では、のれんの取り扱いを解説します。
目次
1. M&Aにおけるのれんとは
M&Aとは合併や買収といった組織再編のための手法であり、簡単にいえば、ある企業が別の企業を購入する取引です。日本では少子高齢化の時代背景もあり、事業承継や事業規模拡大のためなど、さまざまな理由でM&Aを実行するケースが増加しています。
増加傾向にあるM&A取引の報道などで、よく見かけるワードの1つが「のれん」です。買収側にとって、のれんはM&A後も自社の会計に影響を及ぼすので、適切な理解が必要不可欠です。まずは、のれんの基礎的な内容を解説します。
「のれん」の意味と由来
のれんとは、会計基準で定義された用語です。企業における歴史の中で確立してきたブランド力、信用力、顧客との関係などを表すもので、お店の軒先に掲げられる暖簾(のれん)に由来します。
お店や企業にとっての看板と呼ばれる過去から築きあげた信頼や、他の企業と比べた収益力の高さである超過収益力を含む目に見えない資産を表すものとして、会計上の専門用語で使用されるようになりました。
のれんは、建物などの固定資産とは異なり、実物がなく目に見えない資産であることから無形資産の1つとして扱われます。
のれんの種類
のれんの種類を、「会計におけるのれん」「税務におけるのれん」「中小企業M&Aにおけるのれん」に分けて解説します。
会計におけるのれん
会計におけるのれんは、個別財務諸表と連結財務諸表を分けて考慮しなければなりません。
個別財務諸表とは、会社単体における決算書のことです。中小企業のM&Aでは株式譲渡がよく用いられますが、株式譲渡では個別財務諸表上、のれんは計上されません。
買収側が売却側の純資産以上の金額を支払っても、子会社株式として全額が資産計上されます。のれんが計上されないので、のれん償却もありません。
一方、連結財務諸表では株式譲渡でものれんが計上されることがあります。上場企業などがグループ各社の財務諸表(個別財務諸表)を合わせて一定の調整を加えたものが、連結財務諸表です。
税務におけるのれん
次に、税務におけるのれんを解説します。のれんとして計算に組み込んだ金額は、 税務で資産調整勘定、負債調整勘定として処理されます。
時価純資産を対価が上回れば、税務上における正ののれんとして資産調整勘定を計算に反映させます。対価が時価純資産に達しなければ、負ののれんとして負債調整勘定を計算に組み込む決まりです。
中小企業M&Aにおけるのれん
中小企業におけるのれんは、M&A価格と事業にかかる時価純資産との差額をいいます。事業は、それぞれの資産が独立して価値を生じるのではなく、有形資産以外に、ブランド力や技術力などの無形資産が一体となり事利益を生じます。
中小企業M&Aにおけるのれんは、 企業が培ってきた他企業と比べた収益力の高さで、決算書には載っていない取引先や顧客との関係・ノウハウ・人材・企業文化・信用力・競争力などの経営資源のことです。
これらの目に見えない経営資源を、自力で築きあげるには非常に多くの時間を要します。M&Aを行うと、これらを事業として一度に入手可能です。買収側は、これらの目に見えない経営資源を得るために、M&Aを実施するともいえます。
のれん償却とは
のれんは、無形固定資産として会計処理することが定められています。特許権やソフトウエアなども無形固定資産です。無形固定資産は減価償却され、会計上では機械や工場などと同様にみなされます。
のれんの価値は、ずっと続くものではありません。したがって、機械などと同様に、のれんの取得費用を一定期間の中で減価償却することが定められています。
のれんの減損とは
のれんの減損とは、簡単に言うと「M&Aの失敗による損失」を指します。例えば、企業Aを買収した場合、その買収に使った投資額を企業Aの収益で回収する必要があります。しかし、M&A後の経営がうまくいかないと、この投資額を回収できません。
M&A時に、将来的に見込まれる収益を加味して設定されたのれんは、取得時に貸借対照表の資産の部に計上します。しかし、見込まれていた収益を回収できないと判断した場合、帳簿上の価格を回収可能な額まで引き下げる必要があり、これを「のれんの減損」と呼びます。
例えば、M&Aで10億円の企業を買収したが、経営が悪化し、将来4億円しか回収できないと見込まれる場合、この4億円がのれんの減損となります。
のれんの減損が発生する理由としては、M&A後の市況の変化による資産価値の下落、M&A時の高すぎる企業価値の見積もりなどが挙げられます。
負ののれんとは
通常、のれんは資産として認識されますが、負債として認識される「負ののれん」もあります。具体的には、買収価額から売却側企業の時価純資産額を引いた結果がマイナスの数値である場合です。
負ののれんがあると、割安な取引なので買い手にはありがたい状況です。ただし、割安であることには理由があります。例えば、将来のリストラ計画や会計処理されていない簿外債務などが発覚したため、買収価額が割り引かれるでしょう。
負ののれんにおける会計処理は、負債計上して償却するのではなく、一括で全額収益計上します。通常ののれんが将来の一定期間にわたって影響を及ぼすのに対し、負ののれんは買収時における年度の収益に影響を与えます。
損益への影響も大きく変わるため、通常ののれんと負ののれんで会計処理が異なる点を頭に入れておきましょう。
2. M&Aとのれんの関係
M&Aは、合併・買収といった組織再編の手法です。買い手が売り手の企業・事業を購入し、売り手企業からすると買い手に企業を売却する形式を取る、企業や事業の売買契約です。M&Aの実行に際しては、買収価額が最も重要なポイントです。
通常のM&Aでは、買収価額は売却側企業における資産・負債の価値と将来の収益予測にもとづき算定します。すでに保有している資産・負債の価値は、個々でも市場で売買が可能なケースが多いため、市場価格なども参考に時価で会計処理するのが常です。
一方、将来の収益予測に基づき反映される価値は、売り手と買い手の協議により決定します。その際に、売却側企業の時価純資産額と買収価額の間に生じる差額がのれんです。
のれんのM&Aでの計算方法
のれんは、以下の計算式で算出できます。
- のれん=買収価額-売却側企業の時価純資産額
買収価額
M&A時における買収価額の算定方法は、以下の3体系です。
- 売り手の純資産額をベースにした「コスト・アプローチ」
- 将来獲得される収益をベースにした「インカム・アプローチ」
- 他社事例を参考にした「マーケット・アプローチ」
実務上、これらの方法を複合的に用いて計算します。売却側企業をM&Aで取得したことによるシナジー効果など、将来の収益状況が加味されて買収価額が決定されるので、単純な売却側企業の時価純資産とは異なる金額になるでしょう。
コストアプローチによる計算
コストアプローチによる計算は、 譲渡企業の純資産価値に着目した評価手法で、中堅・中小企業のM&Aで最も多く活用されています。コストアプローチはさらにさまざまな種類に細分化されますが、特に一般的な評価方法は「時価純資産+営業権法」 です。
売却側企業の純資産
純資産には、時価に置き換えられるものとそうでないものがあります。株式・債券・投資信託などの金融商品や不動産などが時価に置き換えられる純資産です。それ以外の時価に置き換えられない純資産は、簿価のまま計算します。
のれんの財務諸表での取り扱い
実施されるM&Aスキーム(手法)によって、財務諸表におけるのれんの仕訳は異なります。大別すると、株式譲渡・株式交換などのケースと合併などのケースです。
株式譲渡・株式交換などを採用するケース
株式譲渡・株式交換などのケースとは、売却側企業が買収側企業の子会社になるケースです。この場合、買収側企業の単体財務諸表では子会社となった企業の株式を取得したことが計上されるだけで、のれんは計上しません。
ただし、子会社の会計データを含める連結財務諸表ではのれんを計上しなければなりません。
合併などを採用するケース
買収側による売却側企業の合併とは、吸収合併をさします。この場合、売却側企業の会計情報を全て取り込むので、買収側の単体財務諸表にのれんを計上するのが必定です。
他に子会社がいて連結財務諸表を作成する場合は、単体財務諸表と同様ののれんを計上します。
取り扱い上の留意点
以上のとおり、用いるM&Aスキームによって、単体財務諸表にのれんを計上するケースとしないケースがあること、連結財務諸表ではいずれの場合ものれんを計上することを十分に理解しましょう。
のれんの仕訳を行う方法
のれんの仕訳における実例を、以下の前提条件で説明します。
- 売却側企業:資産2,000、負債1,400、純資産600
- 買収側企業:資産4,000、負債2,400、純資産1,600
- 取得対価:1,000
株式譲渡・株式交換などを採用するケース
単体の帳簿における仕訳は、以下です。
借方 | 貸方 | ||
---|---|---|---|
子会社株式 | 1,000 | 現金 | 1,000 |
その結果、単体の貸借対照表は下記になります。
資産 | 4,000 | 負債 | 2,400 |
純資産 | 1,600 |
連結の帳簿における仕訳は、以下です。
借方 | 貸方 | ||
---|---|---|---|
純資産 | 600 | 子会社株式 | 1,000 |
のれん | 400 |
その結果、連結の貸借対照表は下記のとおりになります。
資産 | 5,000 | 負債 | 3,800 |
のれん | 400 | 純資産 | 1,600 |
合併などを採用するケース
単体の帳簿における仕訳は、以下です。
借方 | 貸方 | ||
---|---|---|---|
資産 | 2,000 | 負債 | 1,400 |
のれん | 400 | 現金 | 1,000 |
その結果、単体の貸借対照表は下記になります。
資産 | 5,000 | 負債 | 3,800 |
のれん | 400 | 純資産 | 1,600 |
今回の前提条件としては、合併の場合で連結での仕訳は特に生じません。連結の貸借対照表は、単体の貸借対照表と同様です。
仕訳の留意点
M&Aスキームによって単体での仕訳内容には違いがあるものの、最終的な連結の貸借対照表における内容はM&Aスキームによる差異が生じないことを理解しましょう。
3. 2つの会計基準別の「のれん」の扱い
日本の企業では、日本独自の会計基準が採用されていることが多いですが、外資系企業を中心に国際的な会計基準であるIFRS(国際財務報告基準)を採用している企業も多数存在しています。
ここでは、IFRS(国際財務報告基準)の概要について取り上げ、日本の会計基準とIFRS(国際財務報告基準)の「のれん」の扱い方の違いについて説明します。
IFRS(国際財務報告基準)とは
日本で会計処理の話をする場合、一般的に日本の会計基準が前提です。日本基準は、日本で活動する企業の大半が採用している会計基準で、日本独自の会計基準として設定されています。
一方、海外にはIFRSという国際的な会計基準が存在します。IFRSは、国際財務報告基準(International Financial Reporting Standards)の略で、日本とアメリカを除く多くの国で採用されている会計基準です。
企業活動のグローバル化や海外投資家の増加といった背景もあり、近年は日本でも上場企業を中心にIFRSを採用する会社が増加しています。IFRSの存在感が、年々大きくなっているといえるでしょう。
IFRSと日本基準は、いずれも会計基準です。日本基準がIFRSの考え方を取り入れていることもあり、多くの点で共通した会計処理が設定されています。しかし、両者には前提となる考え方が違うことを要因として、いくつかの異なる論点が存在し、取り扱いが異なる論点にはのれんの会計処理も含まれています。
日本会計基準とIFRS(国際財務報告基準)の「のれん」の扱い方
ここでは、日本会計基準とIFRS(国際財務報告基準)での「のれん」の取り扱いの違いについて詳しく解説します。
IFRSはのれんの減価償却はしない
IFRSでは、のれんは資産計上されますが、償却を行いません。貸借対照表に資産として計上され続けます。その代わり、少なくとも年に1回は減損テストを実施してのれんの価値を客観的に検証し、計上された価値より大きく下がった場合は減損処理を行う決まりです。
日本会計基準(のれん償却)のメリット
日本会計基準(のれん償却)のメリットは、のれんの価値が継続しないことを決算書に反映できる点です。のれんの価値が著しく下がり、減損処理を行わなければならないケースでは、一気に多額の損失が計上され、損益が予算から外れます。
のれんの価値が減ることを見込んで償却すると、減損処理を実施する可能性が下がります。つまり、予算から大きく外れない経営が実現するでしょう。のれん償却は、減損テストほど事務処理の手間がかかりません。
日本会計基準(のれん償却)のデメリット
日本会計基準では、のれんの項目は、企業が得ている利益を超える能力を示しています。しかし、これは定期的に減価償却されるため、企業の利益にマイナスの影響を及ぼすことがあります。これが一つの欠点です。
IFRS(のれん非償却)のメリット
IFRS(のれん非償却)のメリットは、のれん償却費の負担がない点です。のれん償却費は、販売費および一般管理費に計上されます。営業利益が圧迫されるでしょう。買収した会社がスムーズに利益を上げ続ければ問題ありません。
しかし、利益がのれん償却費より下がると、営業利益と利益率が悪化します。これは、大型M&Aを実施する多くの日本企業がIFRSに移っている理由です。ただし、買収した会社が予想どおりに利益を上げられない場合、IFRSでは減損処理が必要です。
IFRS(のれん非償却)のデメリット
国際会計基準では、毎期の業績評価(減損テスト)が必要です。これにより、実際の業務における負荷が増えます。
さらに、もし資産の価値が減少し、それを記録する(減損損失の計上)必要が生じた場合、日本会計基準と比べて、記録される金額が大きくなる可能性があります。なぜなら、償却が行われていない分まで減損損失として計上されるからです。これも一つの欠点と考えられます。
IFRSののれん処理の今後
IFRSは、のれんの会計処理を見直し、償却の義務付けを検討しています。したがって、IFRSを活用している企業は会計処理が変更となるおそれがあり、その場合は多大な影響が避けられません。
減損テストとは?
M&A時に識別されたのれんは、資産として計上されます。その後、計上されているのれんの価値が残っているかどうか定期的に検討を行い、価値が棄損している場合は減損処理、つまり資産の評価を下げる処理を行います。これが「減損テスト」です。
IFRSでは、減損の兆候有無にかかわらず、減損テストを少なくとも年に1回実施しなければなりません。日本基準を前提とした場合とIFRSを前提とした場合で、のれんは取り扱いが異なるため、毎期の計上額が異なる可能性がある点に注意が必要です。
4. 日本会計基準を用いたのれんの会計処理
ここでは、日本会計基準におけるのれんの会計処理を具体的に解説します。
のれんの償却期間と仕訳方法
日本基準におけるのれんの会計処理は、資産計上のうえで規則的に一定の償却を行います。のれんは、徐々にその価値が減少する前提に立った会計処理です。具体的には、のれんの計上後、20年以内の一定年数で均等償却します。
「20年以内の期間を何年とするか?」は、各企業の判断です。経営者が想定する期間や投資回収を想定する期間を見積もったうえで、償却期間は決定されます。例えば、M&Aに関する投資を10年で回収すると想定している場合、のれんの償却期間は10年です。
負ののれんの計上
負ののれんでは、通常ののれんとは違った会計処理です。償却処理はせず、特別利益として一括計上します。
具体的な仕訳のイメージ
以下の前提条件で、のれんの仕訳例を解説します。
- のれん計上額:1,000
- 償却期間:10年
1期における仕訳は、以下です。
借方 | 貸方 | ||
---|---|---|---|
のれん償却費 | 100 | のれん | 100 |
10期の間、上記と同様の会計処理を行います。
回収困難となったら「のれんの減損処理」を実行する
回収困難・事業計画の未達による赤字状態に陥っているケースでは、のれんの減損処理を行います。のれんの減損処理を判断するには、以下の3段階におけるプロセスを経るのが条件です。
- 減損の兆候を把握
- 減損損失の認識
- 減損損失の測定
減損の兆候は主に以下のとおりです。
- 事業損益またはキャッシュフローが継続して赤字
- 使用範囲または方法について回収可能価額を著しく低下させる変化
- 経営環境の著しい悪化
- 資産の市場価格の著しい下落
減損の兆候を把握した場合、減損損失の認識プロセスに移行し、割引前将来キャッシュフローの総額が帳簿価額を下回るどうか確認します。下回っていた場合は減損損失の測定プロセスへ移行し、回収可能額を算出しなければなりません。
算出した回収可能額を超えているのれんの残額分を減損損失として計上します。
5. 国際会計基準(IFRS)を用いたのれんの会計処理
国際会計基準におけるのれんの会計処理も解説します。
のれんの償却はしない
国際会計基準では、のれんの償却処理は行いません。会計上に費用計上がないため、日本会計基準のように営業利益を減らすことにはならない特徴があります。
減損テストを毎年行う
国際会計基準では、のれんの償却処理をしない代わりに、毎年必ず減損テストを行わなければなりません。減損テストとは、のれん計上された事業の価値をDCF法で算出し、その事業における簿価と比較して減損の有無をチェックすることです。
減損が発生していれば、回収可能額を上回る金額分を減損損失として計上します。減損テストの実施時期は、毎年同じ月に行うのであれば決算月でなくても問題ありません。
6. M&Aにおけるのれんの税務
会計におけるのれんと税務におけるのれんは、全く異なる扱いになります。会計は会社法、税務は税法と、規定している法律が異なるからです。ここでは、税法上で資産調整勘定と呼ばれるのれんの税務に関して説明します。
税務でのれんに該当するもの
各企業は個別に法人税を課されるのが、税法の基本です。企業グループの連結決算に対して課税されません。株式譲渡・株式交換などのM&Aスキームを実施した場合、単体の財務諸表にのれんは計上されないので税務も発生しません。
事業譲渡や合併などのM&Aスキームを実施した場合は、単体の財務諸表にのれんが計上されるので、法人税の課税対象です。合併の場合は、課税対象とならないケースもあります。
税務におけるのれんの償却期間
資産調整勘定(のれん)が課税を受ける場合、償却期間は5年間と定められています(会計上では最大20年間の償却処理)。負ののれんにおける償却期間も、同様に5年間です(会計上では一括計上処理)。
資産調整勘定への課税の有無
2001(平成13)年に導入された組織再編税制により、会社分割と合併のM&Aスキームについて、課税制度上、適格組織再編と非適格組織再編に分けられました。これは、資産調整勘定(のれん)への課税にも関係しています。
複数の要件を満たし適格組織再編と認められる場合、資産調整勘定(のれん)への課税が発生しません。要件を満たせず非適格組織再編と認定された場合、資産調整勘定(のれん)への課税が発生します。
7. 売却側から見たM&Aにおけるのれん
ここでは、売却側から見たM&Aにおけるのれんを解説します。
のれんは会社売却の基礎知識の1つ
M&Aの実行に際して、将来の価値を反映しているといえるのれんは、会社売却の基礎となる知識として非常に重要です。のれんは、売買価額が高くなるほど大きくなり、売買価額が低くなるほど小さくなります。
売却側から見た場合、自社の将来をより良くみせられれば、のれんといった資産を売買価額に乗せることで売却益を大きくできます。
M&Aでは、売却側はできるだけ多くののれんが算定できる要素を準備すると有利です。少しでも有利な交渉を行えるように、会社売却の基礎的な知識としてのれんを理解する必要があります。
話題のアーンアウト条項とは?
アーンアウト条項とは、M&A後の一定期間(通常1~3年)、設定した業績以上の条件を達成した場合は、買収側が売却側に追加のM&A対価を支払う契約条項をさします。アメリカなど海外のM&Aでは一般的な条項です。
日本のM&Aでも定着してきた条項の1つで、会社売却の基礎知識として理解するべき重要な内容でしょう。M&Aの契約条件で、売買価額は最も重要なポイントです。売り手と買い手で合意するのは簡単ではありません。
将来の状況の合意が難しい場合は、アーンアウト条項を設定することで、両社における利害関係の調整を図れます。条件を達成できれば売り手はトータルで受け取る対価が増え、買い手は不確実な状況で、いったん対価の支払いを抑えて様子をみられるので、双方にとってメリットがある条項です。
アーンアウト条項をうまく活用すれば、M&Aをより有利な条件へ導くことも可能となるため、会社売却の基礎知識として理解したうえで活用を検討しましょう。
8. 買収側から見たM&Aにおけるのれん
ここでは、買収側が留意しておくべきのれんのポイントを解説します。
税務上の「のれん」による節税効果
税務上の「のれん」が計上できる方法として、中堅・中小企業のM&Aでは「事業譲渡」と「非適格分社型分割」があります。詳細は後述しますが、この税務上の「のれん」は5年間で均等に償却され、税務上の費用として損金算入されます。
そのため、税務上の「のれん」を計上できるM&Aは、譲受企業にとって節税効果が期待できます。税務上の「のれん」が損金として算入されることで、税金が減少するためです。
ただし、事業譲渡と分社型分割では、税務上の「のれん」が認識される法人が異なる点に注意が必要です。事業譲渡では、その事業を直接取り込む譲受企業に税務上の「のれん」が計上されますが、分社型分割では、事業を分割した新たな子会社に税務上の「のれん」が計上されます。
税務上の「のれん」に課される消費税
税務上の「のれん」が計上されるスキームには事業譲渡と非適格分社型分割がありますが、消費税が課税されるのは「事業譲渡」のみです。事業譲渡の場合、譲渡対象の資産に消費税が課税され、「のれん」もその対象になります。この点を考慮せずにM&Aを進めると、後々問題となりディールが破談になる可能性があります。
中堅・中小企業のM&Aでは「のれん」が多額になることがあり、その場合消費税も高額になります。例えば、「のれん」が1億円の場合、消費税を含めると1億1千万円の初期投資が必要です。消費税の負担を忘れると初期投資が予想以上に増加し、M&Aが実行できなくなるリスクがあります。
9. M&Aにおけるのれん減損が発生する理由
M&Aでは、多くのケースでのれんが認識されます。同様に多くのケースでM&A後における会計期間のどこかで「のれん減損」が発生します。これは、計上したのれんの価値が、実際は獲得できなかった状況になり、資産計上していたのれんの価値が落ちた状況です。
逆にいえば、M&Aの検討時に決定した売買価額が実際よりも大きく算定されていた(割高な価額でM&Aが実行された)状況ともいえます。のれん減損が発生する主な原因の例は、以下の5つです。
- 当初の予定より業績が伸びない
- 見込みよりも生産性が低い工場だった
- 償却期間中に著しくブランド価値が低下した
- デューデリジェンスが不足している
- 買収価額が適切な価値ではない
①当初の予定より業績が伸びない
のれんは、将来の業績予想を前提にした売買価額の計算結果として識別されます。業績が想定を下回る場合、のれんの価値は棄損する状態になり、のれん減損の原因となるでしょう。
これは、M&A前に想定した効果が得られないことであり、のれん減損となるケースの大半を占めています。
②見込みよりも生産性が低い工場だった
M&A前には、売却側企業の状況を詳細に調査します。しかし、M&Aの後に調査結果と実際の状況が異なるケースがあります。特に製造業における工場の生産性は、企業における強みの源泉となることも多い重要なポイントです。
この見込みが異なる場合、収益にもマイナスの影響を与えるため、のれん減損の原因となります。
③償却期間中に著しくブランド価値が低下した
のれんは、M&A時に想定したブランド価値を前提としています。この前提が崩れる事象があれば、のれん減損の原因となり得るでしょう。
④デューデリジェンスが不足している
M&A時にはデューデリジェンス(売却側企業の詳細な調査)を行います。財務・会計・税務・法務・ビジネス・人事・システムといった数多くの項目における調査が含まれるため、デューデリジェンスが十分に実施できれば売り手の状況を正確に把握することが可能です。
デューデリジェンスが不足すると、M&A実行後に認識していないリスクが顕在化する可能性があり、のれん減損の原因になります。例えば、多額の簿外債務や主要取引先との関係悪化といった事象が、事後にみつかったケースなどです。
⑤買収価額が適切な価値ではない
M&Aは相対取引であるため、買収価額は相手との交渉により決定されます。買収価額が実態と大きく乖離した高い価額設定となった場合、その価額を前提として算定されたのれんの価値をカバーするだけの収益獲得が難しく、のれん減損につながるでしょう。
買い手がオーナー企業で、オーナーの一存で買収価額を決定するケースなどで発生しやすい傾向があります。買収価額は、M&A後の経営に大きな影響を与える点を十分に理解して、買収価額を決定しましょう。
10. M&A前に考えるのれんの減損対策
のれん減損の要因は、実態以上の買収価額を設定してしまうことです。できるだけ実態と買収価額を近づけること、実態を経営努力で少しでもよい状況にすることで、のれん減損を回避できます。以下の具体的なのれん減損対策を検討しましょう。
- 競合商品の選定をする
- 人員整理を考える
- 人材の再配置を行う
- 会計基準の違いを認識する
- デューデリジェンスを徹底する
- 適切な価値でのM&Aを行う
①競合商品の選定をする
実態把握には、売却側企業の実力を正確に把握することが重要です。そのためには、競合商品の選定を行い、売却側企業における商品との違いを理解し、強み・弱みを正確に判断することが必要です。
売却側企業の能力を正確に把握すれば、将来の予測における精度が向上し、買収価額を実態に即した金額に設定できます。
②人員整理を考える
収益性を向上するために、コスト削減を検討することも有効です。その方法が、人員整理です。事業内容にもよりますが、企業におけるコストのうち、人件費は非常に大きな割合を占めます。
特にM&Aを実行する場合、間接部門の人員が重複するなどコスト面でマイナスの影響を与えてしまうケースがあります。人員整理により収益性向上を検討することは、のれん減損回避の有効な方法です。
③人材の再配置を行う
収益性を向上するために、人材の再配置を行うことも有効です。M&A実施後に、買い手・売り手の枠を超えて人材の再配置を行うことで、より効率的な組織運営や収益性の高い組織構築が可能となるケースもあります。
④会計基準の違いを認識する
のれん減損回避のために、会計基準を検討する方法も考えられます。日本基準とIFRS(国際会計基準)では、のれんの償却・減損における取り扱いが異なるため、自社に有利に働く会計基準を適用するでしょう。
ただし、会計基準は継続して適用することが前提なので、その他の項目における会計処理なども考慮して、慎重に決定する必要があります。特にIFRSを導入するケースでは、導入コストも多額にかかるため注意が必要です。
⑤デューデリジェンスを徹底する
デューデリジェンスは、潜在的・顕在的なリスクを網羅的に把握するために、M&Aにおいて非常に重要なプロセスです。デューデリジェンスは信頼できる専門家を利用して徹底して実施することで、適切な買収価額を設定でき、のれん減損のリスクを減少できます。
⑥適切な価値でのM&Aを行う
デューデリジェンスの結果も踏まえて、買収価額の算定を適切に行えば、割高な買収価額の設定を避けられ、のれん減損回避につながります。買収価額の算定は、採用する方法によって大きく結果が異なるので、実態を正確に反映できる方法を採用しましょう。
11. M&A後にのれんが問題となった事例
のれんは将来の業績予測にもとづき評価される資産であるため、前提となる業績が想定と異なる場合、「のれん減損」が生じます。ここでは、M&A後にのれん減損が起こってしまった上場企業の実例を解説します。
ライザップの「負ののれん」計上
ライザップ(現・RIZAPグループ)は、業種を問わず業績のよくない企業を安い価額で買収し、グループを拡大する戦略を取ってきました。赤字の企業を買収すれば、ほとんどのケースで発生する負ののれんを特別利益に計上することで会計上は増益になります。
しかし、M&A後、買収した多くの企業における経営改善が思うように進まなかったことから、2018(平成30)年にはグループとして大幅な営業赤字が計上され、同年11月、M&Aによる拡大戦略を一時停止する発表を行いました。
負ののれんを利益として計上しても、買収した企業の業績改善は進まず、結果的には大きな営業赤字を記録することになりました。
負ののれんが発生するほどに安価で買収できる背景には、その企業が業績不振で経営改善が必要だったという事情があります。しかし、多くのM&Aを進めたにも関わらず業績改善につながらず、結局のところ投資した資金の回収ができないという状況に陥ったのです。
DeNAのキュレーションメディア事業に関する減損
DeNAは、2017(平成29)年3月期にキュレーションメディア事業に関するのれんについて約38億円ののれん減損を計上しました。
これは「WELQ」という医療情報サイトにおける情報の信ぴょう性に疑義が発生したことを受け、関連するキュレーションサイトの公開を中止したことに起因します。
この事態を受けてキュレーションメディア事業の将来業績が不透明となり、当初想定していた計画進捗が困難となったことから、当該事業に関連するのれんの減損を行った事例です。想定しなかったマイナスの事象による影響で、のれん減損が生じることを示す事例といえます。
楽天の米国子会社Vikiに関するのれん減損
楽天は、2016(平成28)年12月期に約200億円ののれん減損を計上しました。Vikiは米国で動画・音楽のストリーミングサービスを展開する楽天が約200億円で買収した企業ですが、のれん減損でほぼ買収額に相当する金額の損失を計上しています。
減損テストの結果、買収時に想定した投資回収が困難と判断したと発表しており、楽天の積極的な海外展開がうまくいかなかったケースです。これは、新規事業エリアへの進出が難しいことを示す事例ともいえます。
東芝のWEC社に関するのれん減損
東芝は、2016年3月期に約2,600億円ののれん減損損失を計上しました。東芝は、2006(平成18)年度にアメリカの原子力発電所大手ウェスチングハウスを約6,600億円で買収しています。
その後、2011(平成23)年の東日本大震災における福島原発事故をきっかけに、世界的に原発への逆風が吹き、多くの原発建設が中止や凍結される事態となりました。ウェスチングハウスの業績は悪化の一途をたどり、親会社東芝は巨額の減損損失計上に至りました。
買収で支払った価格が当初予想よりも高額だったため、大量ののれんを計上することになりました。これが原因で、後に多額の減損損失を記録する必要が出てきた取引として有名です。
日本郵政のトールHDに関するのれん減損
日本郵政は、豪州の物流子会社トール・ホールディングスの業績不振により、同事業にかかるのれんなど約4000億円を減損損失として計上すると発表しました。これに伴い、2017年3月期の通期連結最終損益予想を従来の3200億円の黒字から、400億円の赤字に修正しました。
日本郵政は2015年に、傘下の日本郵便を通じてトールを約6200億円で買収しました。当時の西室泰三社長は、トールを日本郵政グループの海外展開の拠点とする意図を表明していました。しかし、資源価格の下落や中国・豪州経済の減速により、トールの営業利益は買収当時の412億円から、2017年3月期には約60億円まで急落し、業績が大幅に悪化しました。
参考:ロイター「日本郵政、豪物流子会社で損失4000億円計上 通期400億円の赤字に」
12. M&Aにおけるのれんまとめ
M&Aで、のれんは買い手・売り手の双方にとって重要なポイントであり、検討を避けてとおれない項目です。買い手にとってのれんは、将来に減損リスクのある投資回収すべき資産です。
売り手にとっても自社の将来価値を示す項目を売買価額へ反映させることで、より多くのキャッシュを獲得できる非常に重要な検討項目になります。
のれんの算定が売買価額や将来の業績に影響を与えるため、M&Aの際は会計処理を含め十分に理解したうえで慎重に検討を行いましょう。
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