2022年12月19日更新
TSA(Transition Service Agreement)とは?M&Aにおける意味、契約の概要・流れを徹底解説
近年、M&Aは経営戦略の一つとして活用されるケースが増えています。M&Aでは用いる手法によって必要な契約が異なり、そのうちTSAとはクロージング後の事業運営にかかわる重要な契約です。本記事では、TSAとは何かについて詳しく説明します。
目次
1. TSA (Transition Service Agreement)とは
TSA(Transition Service Agreement)とは、事業譲渡や会社分割のような事業の一部を切り出して売却するカーブアウトを伴うM&Aで、買収後の移行期間中に生じるサービスの提供を売り手と買い手の間でどのように管理するかを取り決める契約です。
M&Aは、契約に基づいた売り手による譲渡対象物の引渡し、買い手による対価の支払いが行われるクロージングで全てが終わるわけではありません。
M&A成立後は、買収によるシナジー効果を早期に実現するためにも、買い手側でPMI(Post Merger Integration)と呼ばれる経営統合作業が必要です。
PMIとは、統合効果を最大化して企業価値を向上するための統合プロセスをさします。統合の範囲は、組織・業務・システム、制度や経営理念まで統合にかかわるすべてが対象です。
PMIはM&Aの正否を握るともいわれるほどM&Aで非常に重要であり、実際の統合作業には多くの時間と労力を要します。
PMIの初期段階である一定期間はTSAを締結し、売り手によるサービスの提供を継続して受けることについて売り手と買い手の間で取り決めるでしょう。TSAに基づいてサービスを受けている間、買い手は統合効果を最大限にするべく、統合作業を進められます。
TSAが締結されるタイミング
M&Aの流れは、大きく分けて事前検討フェーズ・交渉フェーズ・実行フェーズの3つに分類されます。
最初の事前検討フェーズとは、ノンネームで候補先を探し、相手への接触を始める段階のことです。交渉フェーズとは買収価格を試算して買収スキームを検討する段階で、基本合意締結後のデューデリジェンスもこの交渉フェーズで行います。
そして、実行フェーズとは、最終譲渡契約の締結やクロージングを行い、買い手側ではさらにPMIのプロセスが行われる段階です。
TSAは、実行フェーズにおける最終譲渡契約とほぼ同時に締結するのが一般的です。ただし、その前に必要なサービスを洗い出し、サービスの範囲を明確にする必要があるため、デューデリジェンスの段階からTSAに盛り込む内容の検討を始めます。
買収価額などその他条件とともに交渉を進め、買収後の移行をスムーズに進められるよう対策を取ることが必要です。
TSAはどのようなときに結ばれる?
TSAとは、特に事業譲渡や会社分割のようなカーブアウトスキームにおけるM&Aの場合に締結される契約になります。
カーブアウトを伴うM&Aの場合、クロージング後に売り手からのサービス提供が中止されると、その後における事業運営に大きな支障をきたす可能性が大きいからです。
具体例を挙げると、対象会社や対象事業が売主グループの一部であり、売主グループからシステムや人事・経理などの総務機能サービスを受けている場合です。
仮に対象会社や対象事業が売主グループの給与システムを利用していた場合、買収後の一定期間は引き続き売主グループの給与システムを利用できることで、買い手の給与システムに合わせる準備を行えます。
TSAにより、買い手が統合の準備を進めている間も給与計算は滞りなく進められるため、事業移転後の移行期間に提供するサービスに関して、買い手と売り手との間で給与システムの利用を定めた契約書であるTSAを締結します。
TSAとは、一定期間サービスの提供を受け、その間に買い手側でシステムや人事・経理業務などの統合を進められる、カーブアウトを中心としたM&Aでは非常に重要な契約です。
TSAは契約内容に漏れや不備がないよう、専門家によるアドバイスを受けながら進めましょう。
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2. TSAの対象とされる業務
この章では、TSAの対象とされる業務を見ていきましょう。
バックオフィス業務
バックオフィス業務をシェアードサービスに頼るケースもよく見られ、これは最近のグループ経営における傾向です。このケースでは、名義変更などの手続きがM&Aの契約締結と同時に進められません。
グローバルな人材確保の面で、シェアードサービスを用いることもあり、優秀な人材を活用するためにM&A後も移行期間の猶予を作ってTSAの対象業務として契約します。
例を挙げると、譲渡対象のA部門のみでは専門知識を持つ人材が確保できず、同会社内におけるB部門のシステムを利用あるいは人材を供給してもらう状況と想定しましょう。
このケースでは、M&Aでの売買は部門なので、B部門の人材・システムを勝手に使えません。そこでTSAで補填します。TSA契約を設けて一定期間、B部門の人材・システムをそのまま使えるようにします。
ロジスティクス
次に、ロジスティクスです。顧客のニーズに合わせてコストを削減することは、よく見られます。サプライチェーンと類似しており、顧客のニーズに合わせて、計画・実行・管理を行います。
経営的視点から管理するのがロジスティクスで、需要と供給のバランスをはかる部門です。M&Aの実施後も、一定期間はTSAの対象として業務を行うことが望まれるでしょう。
例を挙げると、顧客に合わせて出荷のタイミング・出荷量を調整する場合、管理が崩れると限界利益が大きく変わる(需要過多や供給過多など)ことがあります。このような状況にならないためにも、TSAの契約対象にしましょう。
サプライチェーン・マネジメント
グループ企業の特徴として、一貫して仕入れや調達、物流を行うことが挙げられるでしょう。まとめて仕入れを行って仕入れ原価を抑え、調達部門の統一によりコストを減らします。
M&Aの実施後に異なる手段を取り入れる場合、その方法に移すまでに時間がかかることも少なくありません。しかし、仕入れをやめたり調達をやめたりするのは不可能です。そのまま継続することももちろんありますが、このケースでは統合する時間が要ります。
この領域もTSAの対象にすれば、M&A実施後も安全に業務が進むでしょう。
3. TSAと関係の強い契約
TSAと関係の強い契約は、M&Aの最終合意段階で締結される最終譲渡契約と業務委託契約の2つです。最終譲渡契約は、株式譲渡では株式譲渡契約書、事業譲渡では事業譲渡契約書といった名称で契約の締結がなされます。TSAもM&Aの最終合意段階で締結されます。
最終譲渡契約とは、基本合意の締結後に行われるデューデリジェンスの結果を踏まえ、売り手と買手がM&A取引に関する当事者間の権利義務を取り決めるもので、法的拘束力を有する最終契約です。
デューデリジェンスとは、買収対象となる企業や事業の価値やリスクを詳細に調査することをいい、その結果によっては基本合意書の内容や条件に変更が加えられるケースもあります。
最終譲渡契約には、譲渡対象資産・譲渡対価・前提条件・表明保証などが記載され、場合によってはクロージング後の買い手と売り手の義務が記載されることもあります。
売り手が継続して提供すべき業務やサービスが多岐に渡る場合は、最終譲渡契約で規定するのではなく、最終譲渡契約と同時に別途TSAを締結するのが一般的です。
前述のとおり、TSAとはクロージング後の一定期間に行う業務内容を、売り手と買い手の間でどのように管理するかを取り決める契約になります。
そして、業務委託契約とは、TSAで取り決められた業務を具体的に委託するための契約です。このように、TSAと業務委託契約とは不可分の関係にあります。
買い手はできるだけ多くのサービスを受けたいと考え、反対に売り手は売却後の業務はできるだけ少なくしたいと考えるため、TSAは最終譲渡契約締結後ではなく最終譲渡契約と同時に交渉を進め、締結するのが望ましいでしょう。
これらの契約が一体となり法的拘束力を持つことで、クロージングとその後におけるPMIを円滑に進める手助けができます。
4. TSAの契約内容
TSAの契約内容とは、具体的にはどのようなものなのでしょうか。TSAの契約に盛り込まれる主な内容は、以下の事項があります。
【TSAの主な契約内容】
- サービスの提供者とサービスの受給者
- サービスの範囲
- サービスの対価と支払条件
- 契約の有効日と終了日
TSAではサービスを提供する側とサービスを受ける側が存在するため、TSAでは誰が提供者で、誰が受給者かを明確に定めなければなりません。後のトラブルを避けるためにも、サービスの範囲を明確にする必要があります。可能な限り詳細に定義し、曖昧な表現を避けることが大切です。
代表的なTSAのサービスには間接業務があります。具体的には、人事・経理・総務などのバックオフィス業務です。例えば「人事業務」といった漠然とした定義ではなく、人事業務におけるどの部分かまでより詳細に、そして明確に定義しましょう。
サービスの対価と支払条件も契約の大切な要素です。サービスを受けると、それに見合う対価を支払う必要があるので、毎月の支払にするのか一括で支払うのかなど、一般的なサービス契約と同様に支払条件も盛り込まれます。
TSAは契約である以上、契約の有効日と終了日も明確にし、事前の通知で契約解除が可能なのか延長が可能なのか、なども定めることが多いです。
5. 最終契約書締結からTSAの開始までの流れ
この章では、最終契約書締結からTSA開始までの流れを見ていきましょう。
準備段階
譲渡企業と譲受企業は、仲介会社へそれぞれ問い合わせを行います。これが、準備段階です。譲渡企業は、秘密保持契約とアドバイザリー契約を結んで、企業価値評価を行い企業概要書を作成します。売却する企業価値を定めるのも、準備段階で行うでしょう。
この段階で締結する契約書は主に以下の3つと、その他企業概要書の作成になります。
秘密保持契約
秘密保持契約には、開示された情報を別の企業に秘密情報を漏らしたり、不正に利用されたりしないようにするための契約です。M&Aでは、商談・取引などの前段階に開示するものであり、自社の秘密情報を相互に、あるいは一方だけが開示する方法などがあります。
秘密保持契約は、情報漏洩(ろうえい)によってM&Aが破談してしまうリスクを抑制するためにも重要です。
アドバイザリー契約
アドバイザリー契約とは、業務委託契約書のことです。M&Aにかかわる業務を仲介会社が行うことが載っています。契約を結ぶと、M&Aの全般的な疑問に対するサポートや助言などを受けることが可能で、仲介会社も秘密保持契約があります。
ノンネーム登録
ノンネーム登録は、譲渡企業が特定されないよう匿名で要約書を作る契約です。企業名がわかってしまうと企業内容でM&Aが進めにくくなるのを防ぐためで、業種、企業規模、譲渡理由、企業の特徴などから判断します。
交渉段階
交渉段階の主なタスクは、企業概要書の確認、トップ面談、デューデリジェンスです。
企業概要書の確認
企業概要書は譲渡企業に関するくわしいデータ、買収した場合のメリットなどが記載されているのが一般的です。興味を持った譲受候補の企業と秘密保持契約を結んだ後に、企業概要書を提示します。
譲受企業は、企業概要書の内容を確認してからM&Aの検討を実施するため、企業概要書は非常に重要な資料といえるでしょう。
トップ面談
トップ面談では、両社のビジネスに対する意識、企業概要書で生じた疑問点などを解消します。譲渡企業にとっては、将来どのような事業を行いたいのか、そのために現状はどのようにしているのか、なども説明できる場所です。
デューデリジェンス
デューデリジェンスは、事業・財務・人事やシステムなど譲渡会社の特性を把握するための調査を実施し、調査した内容が最終契約時に同時に行うTSA契約の内容につながります。
最終契約段階
最終契約段階は、最終合意、最終契約の締結です。最終契約書を結ぶと、株式などを用いた実際の売買実務を進め、TSA契約があればその契約も進めます。
基本合意契約
基本合意では、最終契約に先立って譲渡価格、取引形態、今後におけるM&Aのスケジュールをチェックします。譲受企業が譲渡企業と独占的に交渉できる独占交渉権も生じるので、まだ買収は決まっていません。しかし、譲受企業側はおおよその買収意思を固める必要があります。
最終契約
最終契約段階で、クロージング監査や譲渡価格の修正を行うこともあるでしょう。クロージング監査とは、クロージング日の財務諸表に基づきデューデリジェンスを実施することをさします。当初の譲渡価格から変更があれば、この時点で調整です。
双方でM&Aが実行されると、最終譲渡契約書の契約をします。譲渡企業と譲受企業の最終的な合意内容をが記載されます。最終譲渡契約書は法的拘束力のある契約書のため、違反した場合は損害賠償金の支払い義務が生じるため注意をしましょう。
最終契約締結後
最終契約締結後、M&A業務を連携させるための手続きに入ります。
ディスクロージャー
ディスクロージャーで、株主などの利害関係者へ経営実績や財務状況などを公開します。
対価の支払い
買収企業は売却企業の株主から株式を譲り受け、現金あるいは買収企業の株式などを対価として支払います。そして、最終契約からTSAを行い、移行期間中のTSAが完了すれば本来の意味におけるM&Aが終了するでしょう。
一般的にM&Aが完結するには、1年くらいかかるでしょう。この期間はTSAを含むので、企業規模が大きく移行期間に時間がかかるケースでは、1年で終わらないこともあります。
6. TSA(Transition Service Agreement)まとめ
本記事では、TSAとはどのようなものか、主な契約内容などを紹介しました。TSAを契約する際は、サービスの範囲を明確にすることが大切です。
TSAに限らず、M&Aにかかる契約書には多角的な判断が必要となるため、専門家のサポートを受けながら進めましょう。
【TSAとは】
- 買収後の移行期間中に生じるサービス提供に関する管理方法を決める契約
- 事業の一部を切り出して売却するカーブアウトを伴うM&Aで多く締結される
- 最終譲渡契約締結と同じタイミングで契約するのが一般的
【TSAの主な契約内容】
- サービスの提供者とサービスの受給者
- サービスの範囲
- サービスの対価と支払条件
- 契約の有効日と終了日
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