2023年12月06日更新
小売業界の事業承継を徹底解説!市場動向や事例・メリット・注意点は?
小売業界は競争が激化しやすく、各企業は生き残りをかけてあらゆる対処を講じなければならない業界の1つです。当記事では、市場動向や現状、過去のM&A事例に触れながら、小売業界における事業承継を詳しく解説します。事業承継のメリットや注意点も押さえましょう。
目次
1. 小売業界の現状と事業承継の動向
小売業界では、業界の競争激化や人材不足などの問題対処のために事業承継を行うケースが見られるようになりました。ここでは、小売業界の業務内容や業界の現状・課題点を押さえた上で、事業承継とのかかわりを説明します。
小売業界とは
小売業界はどのような事業を行う業界なのでしょうか。まずは小売業界の事業内容を押さえましょう。小売業界は、商品を仕入れ販売を行う業界のことです。コンビニエンスストアやスーパーマーケット、ドラッグストアや百貨店といった私たちの生活に密着した業界の1つと言えるでしょう。
小売業界の現状と市場動向
小売業界の中では、特にドラッグストアが顕著な成長を見せています。比較的低価格で日用品を購入できるため、多くの需要がある点が特徴です。一方、百貨店では顧客離れが深刻で、この影響で閉店せざるを得ないケースが見られます。特に価格競争が激化しやすい業界と言えるでしょう。
小売業界の事業承継の増加
小売業界では需要が拡大する店舗も見られますが、それに対応できる人材が不足している点が現状です。これに対応すべくセルフレジの導入など、働き手が居ない中でも業務の効率化を行う店舗も増えています。さらには事業承継やM&Aによる事業拡大で競争激化に対処するケースも顕著です。
2. 小売業界の事業承継が増加している理由
小売業界ではさまざまな理由から事業承継を行う企業が増えています。その主な理由としては以下のような点が挙げられます。
- 同業種同士の競争が激化傾向
- 経営者の高齢化
- 人材不足
- 設備投資・物価高などによる資金不足
会社内で発生した問題だけでなく、業界における競争激化や物価高騰などの外的要因で事業承継を選択する会社も増加しているのが特徴です。以下、4つの理由を詳しく解説します。
同業種同士の競争が激化傾向
1つ目の理由は、同業種同士による競争激化によるものです。会社が展開する事業エリア内(もしくは近く)に同業種が集中した場合、各企業はさまざまな手段を講じて生き残りをはかります。大規模企業は価格面でスケールメリットが得られ、価格競争でも優位に立ちやすくなるでしょう。
このような小売業における競争激化は、特にドラッグストアやコンビニエンスストアで顕著です。同業界の小規模企業はこの情勢の中では生き残るのが厳しくなるため、事業譲渡で保有事業を他社に売却し、売却先との協業で事業拡大を目指す方法で事業存続を目指すケースが見られます。
経営者の高齢化
2つ目の理由は、経営者の高齢化によるものです。小売業界に限った話ではありませんが、高齢社会にある日本では多くの中小企業で経営者高齢化の問題が深刻化しています。経営者が引退後、会社を引き継ぐ者(後継者)が親族内や周りで見つからず、事業承継で事業存続を図るケースです。
いつまでも後継者が見つからない状態では、廃業として会社を畳まなければならなりません。廃業は費用がかかり従業員の雇用まで失われてしまうので、事業承継を実施する方が負担が少なく済むと考える経営者は多いでしょう。後継者が見つかれば、経営者は安心して引退後生活を送れます。
人材不足
3つ目の理由は、人材不足によるものです。若者が地方から都市部に移住し大規模企業に就職するケースが多く見られるようになりました。そのため国内では、小売業に限らず地方企業を中心に人材不足に悩まされています。事業に対応できる従業員が居なければ、会社を廃業せざるを得ません。
また、小売業では正規雇用と非正規雇用の待遇のギャップが大きい点も人材不足に拍車をかける状況です。比較的激務な業界のため、人材離れも多く見られます。業界としては仕事量に見合った待遇を用意する必要があるなど、事業承継に加えさまざまな課題をクリアする必要があるでしょう。
設備投資・物価高などによる資金不足
4つ目の理由は、設備投資や物価高による資金不足です。小売業では店舗数を増加させることで事業規模拡大を目指す会社が多く見られましたが、店舗数が多くなるにつれて1店舗あたりの収益性が低くなる可能性があります。設備投資の方が高くなり、経営に負担をかけることになるでしょう。
さらには昨今の情勢による物価高も店舗経営に悪影響を及ぼす点も深刻です。収益の低い店舗を保有し続けると、会社経営も危うくなるので、事業承継で対処を目指す会社が見られるようになりました。小売業界では、資金不足の改善とともに新たな経営戦略策定が求められます。
3. 小売業界が事業承継を行うメリットとデメリット
小売業界で会社が事業承継を実施する際、どのような恩恵が受けられ、また一方でどのようなリスクが存在するのでしょうか。ここでは、小売業界における事業承継のメリットとデメリットを解説します。売却側・買収側それぞれの視点に分けてチェックしましょう。
売却側
まずは、小売業界の事業承継で売却側が得られるメリットと、想定されるデメリットの両方を確認しましょう。事業承継に成功した場合、経営面や人材面の問題を両方解決できる点が大きな強みと言われています。また、デメリットは事前の入念な対策で解決できるかもしれません。
メリット
小売業界の事業承継で、売却側が得られるメリットには以下のようなポイントが挙げられます。
- 将来的な後継者不足を解決できる
- 経営者が事業売却による利益を獲得できる
- 廃業を避けられる
- 収益性の低い事業を手放し主力事業に集中できる
- 経営を安定化させられる
後継者が見つからないときは、他社に事業を売却することで事業存続を狙える点が大きなメリットです。長年培ったノウハウやブランドを引き続き残すことができます。多くの事業を展開する場合、採算の取れない事業を他社に売却すれば主力事業にエネルギーを集中できる点も魅力です。
デメリット
一方、小売業界における事業承継で売却側に想定されるデメリットとしては、主に以下のような点が挙げられます。
- 後継者がなかなか見つからない場合もある
- 従業員が退職するおそれがある
- 取引先との関係が悪化するリスクがある
- 希望通りの売却条件にならない可能性がある
事業承継は得られるメリットが多い点が特徴ですが、市場動向や状況によっては売却先が見つからない場合もあるので注意が必要です。また、売却情報が漏れると従業員が退職するおそれがあるので、情報漏洩対策が必要です。希望条件にならない可能性もある点も理解した上で進めましょう。
買収側
では次に、小売業界で事業承継を実施する際に買収側が得られるメリットと、想定されるデメリット両方を押さえましょう。コストやリスクを抑えながら事業展開できる反面、手続きの煩雑さや負債を引き継ぐリスクを考慮しなければなりません。以下で詳しく説明します。
メリット
小売業における事業承継で、買収側が得られるメリットには以下のような項目が挙げられます。
- 売却側の設備や資源を獲得できる
- 売却側の技術やノウハウを活用して効率的な事業拡大が目指せる
- コストをかけずに小売業界に参入できる
- 事業展開エリアを拡げられる
- 協業に成功すればシナジー効果が得られる
買収側の大きなメリットは、売却側の設備や資源、技術やノウハウを活用できる点です。買収側は設備の建設費用のコストを抑えながら事業拡大を狙えます。すでに事業に必要な技術・ノウハウをうまく利用すれば、事業を軌道に乗せるまでの時間を大幅に短縮させられるでしょう。
デメリット
一方、小売業界で事業承継を実施する際、買収側に想定されるデメリットには以下のような項目が挙げられます。
- 事業の買収にかかる資金の調達が必要になる
- 許認可の再取得が必要な場合がある
- 事業承継を行っても効果が得られるとは限らない
- 事業譲渡の手法では売却側従業員や取引先との再契約が必要になる
- 株式譲渡の手法では売却側の簿外債務を引き継ぐおそれがある
事業の買収には多額の資金を準備しなければなりません。金融機関にも協力してもらうなど対処が求められます。また事業譲渡の手法では、引き継ぐ売却側の事業に許認可が必要な場合、再取得しなければなりません。許認可取得まで時間がかかり事業が行えない可能性もあります。
さらに事業譲渡では引き継ぐ従業員や取引先についても、新しく契約の締結が必要です。株式譲渡で会社経営権が移転する場合は基本的に再契約手続きは要りません。ただ株式譲渡の場合は売却側の債務を引き継ぐおそれがあるので、損失が増えぬよう注意が必要です。
4. 小売業界の事業承継・M&Aの成功事例
では、実際に小売業界ではどのような売却・買収が行われたのでしょうか。ここでは小売業界における過去の事業承継・M&A成功事例を紹介します。大手スーパーやコンビニエンスストアチェーンなど、あらゆる小売業種から5つの事例をピックアップしました。
- セブン&アイ・ホールディングスとスピードウェイ
- ユナイテッドアローズとDesigns
- エイチ・ツー・オーリテイリングとイズミヤ
- アークスとオータニ
- オートバックスセブンとオートスターズ
以下、それぞれ詳しく確認しましょう。(公式IR情報は各事例下のリンク参照)
セブン&アイ・ホールディングスとスピードウェイのM&A
こちらは、国内大手小売企業がアメリカのコンビニ事業を買収した事例です。売却側の親会社Marathon Petroleum Corporationが保有するコンビニ・ガソリンスタンド事業を対象に取引が実施されました。
売却側企業 | スピードウェイ (米国のコンビニ・ガソリンスタンドブランド) |
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買収側企業 | セブン&アイ・ホールディングス (大手コンビニ経営・小売事業等) |
M&A手法 | 株式譲渡 |
目的 | ・店舗ネットワークの戦略的拡充 ・収益向上 ・長期的な起業価値の向上 |
実施時期 | 2020年8月 |
売却価格 | 21,000 百万米ドル |
ユナイテッドアローズとDesignsのM&A
こちらはアパレル系小売業界で実施された事業承継事例です。売却側は債務超過の状況に陥っていましたが、今回のM&Aで買収側は債権放棄したため解消された後、解散となりました。事業は買収側企業により有効活用されるため、会社が解散しても事業継続させることができます。
売却側企業 | Designs (衣料品・身の回り品小売) |
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買収側企業 | ユナイテッドアローズ (紳士服・婦人服・雑貨の企画・小売) |
M&A手法 | 吸収合併(売却側はM&A後解散) |
目的 | ・経営資源の集中・有効活用 ・事業再編 |
実施時期 | 2019年11月 |
売却価格 | 吸収合併のため金銭の割り当て無し |
エイチ・ツー・オーリテイリングとイズミヤのM&A
こちらは、国内スーパーマーケット・百貨店を経営する会社による事業承継・M&A事例です。両社ともに関西圏を中心に事業展開しているため、今回の経営統合により事業拡大を目指します。
売却側企業 | イズミヤ (関西のスーパー大手) |
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買収側企業 | エイチ・ツー・オーリテイリング (阪急百貨店・スーパーマーケット経営) |
M&A手法 | 株式交換(経営統合) |
目的 | ・地域社会への貢献 ・更なる事業成長 ・企業価値向上 |
実施時期 | 2021年12月 |
株式交換割当比率(売却側:買収側) | 1 : 0.63 |
アークスとオータニのM&A
こちらは、北海道と栃木県それぞれでスーパーマーケット事業を抱える会社によるM&A事例です。競争激化だけでなく新型コロナウイルス、顧客の低価格志向などあらゆる面で課題点を抱えていました。このような厳しい状況を打破するため、協業による事業拡大を目指しました。
売却側企業 | オータニ (栃木県におけるスーパーマーケット展開事業) |
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買収側企業 | アークス (北海道におけるスーパーマーケット展開事業) |
M&A手法 | 株式譲渡(経営統合) |
目的 | ・商品調達力の活用 ・店舗運営力や情報システムなどの経営インフラ活用 ・グループにおけるシナジー効果の創出 |
実施時期 | 2021年3月 |
売却価格 | 秘密保持契約により非開示 |
オートバックスセブンとオートスターズのM&A
こちらは、カー用品店を運営する大手が同店フランチャイズ事業を行う会社を買収した事例です。「5か年ローリングプラン」と呼ばれるに国内オートバックス事業の収益拡大プランの一環として実施され、経営体制の効率化を目指しました。
売却側企業 | オートスターズ (熊本県で「オートバックス」8店舗を運営) |
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買収側企業 | オートバックスセブン (カー用品大手「オートバックス」運営) |
M&A手法 | 株式譲渡 |
目的 | ・店舗経営体制を最適化 ・エリア内競争力の強化 ・経営効率化 |
実施時期 | 2019年10月 |
売却価格 | 合意により非開示 |
5. 小売業界の事業承継の価格相場
では実際に小売業界で事業承継を行う場合、各社はどのようにして売却価格を決定しているのでしょうか。売却価格に関しては、多くの経営者が疑問に感じるでしょう。ここでは、小売業界における事業承継の価格相場の算出方法とアプローチの種類、算出時の注意点を解説します。
価格の算出方法
売却価格を算出するには、企業価値を正しく評価しなければなりません。価値は単に保有している設備や資産だけで決まるものではない点に注意が必要です。売却側の事業における将来性や収益性といった見えない価値を加味した上で計算します。見えない企業価値は「のれん代」と呼びます。
- 売却価格(企業価値) = 時価純資産 + 営業利益 × 3年~5年分
価値評価の際はさまざまな算出アプローチがありますが、例えば上記のような式を用いるのが一般的です。このアプローチはコストアプローチにおける「年倍法」と言います。これを含め、主に用いられるアプローチを以下にまとめますので参考にしてください。
コストアプローチ | 純資産から企業価値を算出するアプローチ方法 |
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マーケットアプローチ | 市場価値・類似事例から企業価値を算出するアプローチ方法 |
インカムアプローチ | 将来期待できる収益性から企業価値を算出するアプローチ方法 |
交渉で価格は変わってくる
ただし、売却価格は当事者間交渉で決まる点に注意が必要です。上記で記載した計算式に則って売却価格を算出した場合でも、実際の取引価格と違う結果になる可能性があります。相場から大きくかけ離れた取引価格になる場合も想定されるので、この点理解した上で算出を行ってください。
価格算出時の注意点
相場の算出方法にはさまざまなアプローチが存在しますが、似た事例だからといって近い金額になるわけではありません。状況や資産、事業規模などあらゆる要素によって決まるので、費用を見積もる際は注意が必要です。また、専門家のサポートを受けながらの価値評価をおすすめします。
6. 小売業界の事業承継を行う上での注意点
ここでは、小売業界で事業承継を実施する際の注意点を5つ解説します。事業承継は決して勢いだけで行えるものではありません。綿密な計画や準備、従業員の待遇確保など多くの点に配慮する必要があります。
- 事前の準備
- タイミングを見逃さない
- 従業員の退職を防ぐ
- 強みをアピールする
- 事業承継・M&Aに詳しい専門家に相談する
事前の準備
1つ目の注意点は、事前準備です。後継者問題や人材不足、経営難が発生してから事業承継を考えるのはリスクが多くおすすめできません。効果を得るためには、目的を設定し計画的な事業承継を目指す必要があります。問題が起きてからのM&Aは相手が見つからない可能性があるため危険です。
経営状況や人材面でリスクが高い会社は、M&Aの相手企業に選ばれる可能性が低下します。できるだけ経営が安定した頃から将来に向けた事業承継計画を立て、準備しておくと良いでしょう。焦った状態では、仮にマッチングできても予期せぬトラブルが発生する可能性があります。
タイミングを見逃さない
2つ目の注意点は、事業承継を実施するタイミングを見逃さないことです。市場動向や業種への需要を細かく確認し、できるだけ高値で取引できるタイミングをうかがいましょう。そのためには、上記で記載した通り事前から余裕をもって事業承継計画を練っておく必要があります。
従業員の退職を防ぐ
3つ目の注意点は、従業員の退職を防ぐことです。売却側は特に注意したい項目と言えるでしょう。中途半端なタイミングで事業承継の情報が流出するとそれを耳にした従業員が不安を感じ、最悪の場合退職するケースが考えられます。人材離れが起こると、企業価値の下落は避けられません。
事業承継が全て確定した段階で従業員に公表し、この売却が有意義であることを理解してもらうことが重要です。売却側経営者は従業員の待遇が悪化しないように最大限の配慮を講じましょう。できるだけ現状の処遇を維持することが、円満な取引のポイントです。
強みをアピールする
4つ目の注意点は、強みをアピールすることです。自社だけにしかできない技術や独自のブランド・ノウハウなど、企業価値に良い影響を与えられる点を分析し、事前に資料にまとめておくことをおすすめします。アピールポイントが分かりやすければ、マッチングの確率もアップするでしょう。
事業承継・M&Aに詳しい専門家に相談する
5つ目の注意点は、M&Aに詳しい専門家に相談することです。事業承継は当事者はさまざまなメリットが得られますが、多大な労力がかかります。また、費用相場の算出や諸手続きには法務や税務といった専門知識が必要です。円滑な手続きを目指すには専門家の助言が欠かせません。
事業承継やM&Aの経験が豊富な仲介会社など、専門家のサポート・アドバイスを受けながら手続きを行いましょう。
7. 小売業界の事業承継は専門家に確認しながらすすめよう
小売業界では特に価格競争が激化しやすく、各社で生き残りをかけてあらゆる対策を講じなければならない業界と言えます。その中で多くの企業から注目を集めるのが、M&Aによる事業承継です。うまくいけば、既存事業を存続させられる上、経営の安定化や事業拡大も目指せるでしょう。
ただ、多くの専門知識や労力が必要なのは事実です。成功させるためには、できるだけ専門家のサポートを得ながら手続きを進める必要があります。M&A仲介会社などに相談し、アドバイスを受けながら円滑にM&Aを成功させましょう。
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