2021年12月21日公開
M&Aにおける基本合意書(MOU)とは?締結するタイミング、目的、注意点について解説!
M&Aではトップ面談の後に基本合意書を締結しますが、これは最終契約書と違って締結する目的やタイミング、法的拘束力の有無などが分かりにくい部分があります。本記事では、M&Aの基本合意書について、記載事項や締結の目的、注意点などを解説します。
目次
1. M&Aの基本合意書(MOU)とは
M&Aではさまざまな契約書や書面を作成するので、M&Aを行う際はどのような契約書が必要になるのか把握しておくことが大切です。
最も重要といえるのは最終契約書ですが、それ以外に重要な契約書として、基本合意書(MOU)があります。
最終契約書はその必要性が誰でも分かるのに対して、基本合意書は何のために締結するのか分かりにくい部分もあるでしょう。
実際、なぜ基本合意書を締結しなければならないのか分からず、売り手の経営者が締結を拒否してトラブルになるケースもあるといわれています。
基本合意書にはM&Aにとって重要なさまざまな意味があるので、その内容をきちんと理解してM&Aに臨めるようにしておくことが大切です。
基本合意書(MOU)の締結タイミング
基本合意書の締結のタイミングは、売り手と買い手の経営者が会って交渉するトップ面談が終わり、大まかな契約内容が固まった時点とするのが一般的です。
基本合意書で大まかな契約内容を固めたうえでデューデリジェンスを行い、その結果を踏まえて最終調整して最終契約に臨む流れになります。
基本合意書の締結タイミングは決まっているわけではないので、これ以外のタイミングで締結することも可能です。実際、少し違うタイミングで基本合意書を作成しているM&A仲介会社も一部あるといわれています。
しかし、多少タイミングが違うにしても、後述する独占交渉権付与の関係から、遅くともデューデリジェンスの前までには締結しておく必要があります。
M&A仲介会社では、基本合意書の締結時点で中間報酬が発生することが多いので、手数料のトラブルを回避するという意味でも、基本合意書の締結タイミングは仲介会社と齟齬がないように確認しておくことが大切です。
2. 基本合意書(MOU)を締結する主な目的
基本合意書を締結する目的にはさまざまなものがありますが、主なものをまとめると下のようになります。これらの目的を意識しながら、基本合意書の締結を行うことが大切です。
【基本合意書(MOU)を締結する主な目的】
- 重要点の合意形成
- 当事者間での心理的拘束力を確立
- スケジュールの明確化
- 買収価格の設定
- 独占交渉権の設定
- 情報開示による交渉力の強化
1.重要点の合意形成
基本合意書を締結せずいきなり最終契約を締結してしまうと、いざ契約内容を詰めようとしたときに互いの理解の齟齬がみつかり、契約内容がまとまらないといった事態も考えられます。
一方、トップ面談後に基本合意書を作成しておけば、契約内容について重要な点の合意を形成でき、売り手と買い手が契約内容について確認することができます。
2.当事者間での心理的拘束力を確立
M&Aでは、買い手はできるだけ安く、よい会社を買収したいと思い、売り手はいくつかの買い手を天秤にかけて最もよい条件の買い手と契約したいと考えます。
買い手・売り手それぞれに思惑があるので、いくらお互いが納得できる条件で交渉が進んでいても、後になって別な相手がみつかり破談になってしまうリスクは存在します。
基本合意書の締結は、契約書を締結したという事実を作ることで、売り手・買い手の経営者が他の会社と交渉しづらい気持ちになったり、契約書を締結した以上いまさら破談にはしづらくなったりといった、心理的な拘束力を作る効果もあります。
3.スケジュールの明確化
基本合意書では、最終契約書の締結日をいつまでにするかといった、今後のスケジュールについても記載します。これによって、どのようにM&Aが進んでいくかが明確になり、売り手・買い手にとって今後の見通しが立てやすくなるメリットがあります。
また、スケジュールを明確にしておくことで、だらだらと交渉が続いて適切なタイミングでM&Aを行えなくなるリスクも軽減できます。
売り手としては、スケジュールを明確化しておくことで、独占交渉権によってほかの買い手と交渉できなくなる期間を無駄に間延びさせない効果もあります。
4.買収価格の設定
基本合意書は最終的な決定事項ではありませんが、買収価格についてもある程度設定しておくことが多いです。
基本合意書の時点ではまだ法的拘束力はないので、買い手・売り手が現時点で納得できる金額を設定しておきます。設定する金額ははっきり決まっていなくてもよく、ある程度の幅を持たせて「1億円から2億円」といったように設定することもできます。
買収価格の上限については基本合意書でしっかり決めておくことが重要ですが、下限についてはデューデリジェンスの結果がどうなるか分からないことも踏まえて、後で変更することも可能としておくほうが安全です。
基本合意書の買収価格はあくまで仮の価格ですが、売り手としてはこの価格で売却できることを期待して手続きを進めていくことになるので、きちんと妥当な価格を設定しておくことが重要です。
5.独占交渉権の設定
基本合意書を締結する目的として非常に重要なものの一つに、独占交渉権の付与があります。
独占交渉権の詳細については後の章で解説しますが、基本合意書に独占交渉権を付しておくことで、買い手は安心してデューデリジェンスにコストをかけられるようになります。
また、売り手がデューデリジェンスに真摯に協力することを、基本合意書の条項に入れておくことも大切です。
6.情報開示による交渉力の強化
上場企業のM&Aの場合、株主や投資家に対する情報開示の必要性から、基本合意書を締結した時点でM&Aの事実を公表することが多いです。
これは上場企業であることの必要性から行うものですが、この時点でM&Aの事実を公表することは、今後の交渉力を強化するという意味合いもあります。
たとえば、もし公表した後で結局M&Aが破談になってしまうと、株主や投資家からマイナス材料と判断される恐れもあります。
売り手の経営者はこのような事態を避けたいと思うでしょうから、できるだけM&Aを成約に持っていきたいと考えるようになり、結果として買い手の交渉力が強化されることになります。
3. 意向表明書と基本合意書(MOI)の違い
M&Aでは、基本合意書以外に意向表明書という書面を作ることがあります。初めてM&Aを行う方にとって両者の違いは分かりにくいので、違いをきちんと理解しておくことが大切です。
意向表明書とは、買い手が売り手に対してM&Aを行いたい意志があることを示すための書面です。タイミングとしては基本合意書より前に提示され、売り手がどの買い手と交渉するか判断する材料の一つとなります。
意向表明書の記載内容は、買い手企業の概要や大まかな買収予定額、予定しているM&Aスキームなどです。さらに、売り手とのM&Aに対してどれくらいやる気があるかを伝えることも重要な要素となります。
意向表明書は買い手が一方的に売り手に提示する書面なので、買い手・売り手の合意事項を記載する基本合意書とは根本的に意味が違います。基本合意書はほとんどのM&Aで作成されるのに対して、意向表明書は作成せずに進めていくことも可能です。
4. 最終契約書と基本合意書(MOI)の違い
最終契約書とは、M&Aで用いる株式譲渡や事業譲渡といった取引を確定させるための契約書で、最終契約書の締結をもってM&Aが成約したことになります。
たとえば、株式譲渡でM&Aを行う場合は、株式譲渡契約書が最終契約書となります。株式譲渡契約書には、譲渡する株式数や譲渡価額について、この後クロージングで実際に支払う確定した金額を記載します。
それに対して、基本合意書はM&Aの交渉途中で作成される書面であり、最終的な決定ではない点が最終契約書とは大きく違います。
また、最終契約書の記載事項は基本的に全て法的拘束力を持っているのも、基本合意書とは違う点です。
基本合意書の記載事項には法的拘束力を持つものと持たないものがあり、どれに法的拘束力を持たせるかというのも重要な論点になります。
5. 基本合意書(MOI)に記載する内容
基本合意書に記載する内容に規則などはありませんが、一般には下に示したような内容を記載します。もし必要があればこれ以外の内容を記載してもよいですし、記載する必要がないものがあれば省略することもできます。
【基本合意書(MOI)に記載する内容】
- 買収対象
- 使用するM&Aスキーム
- 買収価格
- M&Aのスケジュール
- デューデリジェンス実施に関する事項
- 独占交渉権および違約金
- 秘密保持義務
- 善管注意義務
- クロージングを行う前提条件
- 公表
- 法的拘束力
- 基本合意書(MOI)が有効となる期限
1.買収対象
M&Aにはさまざまな手法があり、株式譲渡のように株式を売買するものもあれば、事業譲渡のように事業資産を売買するものもあります。また、株式や事業資産は全て買収するとは限らず、一部の株式や事業資産のみを売買することも多いです。
基本合意書では、M&Aによって買収する株式や事業資産の内容に齟齬が生じないよう、買収対象の範囲を明確に記載しておきます。
たとえば株式譲渡でM&Aを行う場合は、譲渡する株式数と譲渡価額を記載します。ただし、基本合意書の時点では、まだ譲渡価額を確定させる必要はありません。
事業譲渡の場合は、もし譲渡する資産がすでに確定しているなら、基本合意書の時点で記載することもできます。未定の場合は、「協議のうえ決定する」などと記載しておきます。
2.使用するM&Aスキーム
株式譲渡や事業譲渡など、どのM&Aスキームで買収を行うかは重要な点なので、基本合意書の時点で記載しておきます。
ただし、M&Aスキームは今後のデューデリジェンスの結果などによって変更される可能性もあるので、協議のうえ後で変更もできるようにしておくこともあります。
M&Aスキームのなかには、対価として金銭と株式どちらも使用できるものもあります。このような場合は、もし決定しているなら買収対価の種類も記載しておくとよいでしょう。
3.買収価格
買収価格はM&Aにおいて最も重要な点の一つなので、現時点で決定している事項を基本合意書に記載しておきます。
基本合意書では後の価格変更の可能性を考慮して、はっきりとした金額は記載しないことが多いです。ある程度金額の幅を持たせて、上限と下限の金額を記載しておくのがよいでしょう。
また、買収価格について全く記載していない状態でも、売り手と買い手がそれで合意するなら基本合意書を締結することは可能です。この場合は、今後どのような手法で買収価格を算定していくかといった、算定の流れを記載しておきます。
基本合意書の買収価格には法的拘束力はないですが、だからといってあまりでたらめな金額を記載するとトラブルの原因になります。
売り手と買い手は基本合意書の買収価格をベースに今後交渉をしていくことになるので、現時点で最終的な買収価格に近いと思われる金額を記載しなければなりません。
4.M&Aのスケジュール
デューデリジェンスや最終契約の締結、クロージングをいつまでに行うかといったスケジュールも、基本合意書に記載しておくのが一般的です。
ただし、今後のスケジュールがどうなるかは基本合意の時点では分からない部分もあるので、法的拘束力は持たせず、あくまで現時点での売り手と買い手の認識のすり合わせといった意味合いにしておくほうがよいでしょう。
スケジュールを基本合意書に記載しておくことは、売り手と買い手に時間の意識を持たせ、手続きが間延びするのを防ぐ効果もあります。
5.デューデリジェンス実施に関する事項
基本合意書には、締結後にデューデリジェンスを行うことを記載するとともに、売り手がデューデリジェンスに協力することを併せて記載しておきます。
デューデリジェンスの協力義務は売り手にとってはメリットがない事項ですが、買い手にとっては非常に重要なので、今後のM&Aの手続きをスムーズに進めるためにも記載しておくことが大切です。
財務・税務・法務などのうち、どの分野のデューデリジェンスを行うかすでに決まっている場合は具体的に記載してもよいですが、決まっていない場合は「必要と認められる内容」などと記載しておきます。
6.独占交渉権および違約金
独占交渉権は買い手にとって重要な権利なので、基本合意書でしっかり記載しておく必要があります。
基本合意書は原則として法的拘束力を持たないので、最終契約書と違って違約金については記載しないこともあります。
ただし、独占交渉権や秘密保持契約といった法的拘束力を持たせている条項に違反があった場合や、最終契約やクロージングなどのスケジュールが基本合意書の記載どおりに進まなかった場合などに、違約金を設定することもできます。
7.秘密保持義務
秘密保持契約についてはトップ面談を行う段階で締結することが一般的ですが、基本合意の時点で保持すべき情報の範囲などが変わっていることもあるので、あらためて秘密保持について明記しておくのが一般的です。
秘密保持の対象となる情報は、交渉によって知りえた相手企業のあらゆる情報に加えて、M&Aを行うこと、その交渉をしていること自体を含めておくことが重要になります。
また、秘密保持義務の例外とする情報に関しても、明確に記載しておく必要があります。秘密保持契約締結の時点ですでに公になっている情報や、締結以前の時点ですでに入手していた情報などは、秘密保持義務の例外とすることが多いです。
8.善管注意義務
善管注意義務とは、売り手の経営者が売り手企業に対して、常識的に考えられる程度の注意や管理を行い、あきらかな不注意によって売り手企業の価値を下げるようなことをしてはならない義務のことです。
たとえば、M&Aの交渉中にもかかわらず、売り手の経営者が売り手企業の資産を不必要に処分してしまったり、減資や多額の借入などを行うことは、善管注意義務違反にあたる可能性があります。
こういった行為は買い手側にとって不利益になる可能性があるので、もし行う場合は買い手側の許可を得たうえで実行する必要があります。
9.クロージングを行う前提条件
M&Aの契約では、売り手が一定の条件を満たしていない場合、買い手はクロージングを行わなくてもよいとする事項を記載するのが一般的であり、この条件をクロージング条件、またはクロージングの前提条件などといいます。
クロージングの前提条件は、この条件が満たされていなければ買い手がM&Aを行う意味がなくなってしまったり、大きな損害やトラブルを負ってしまうものが含まれます。
この条件を記載することによって、買い手は安心して最終契約・クロージングを行うことができます。
クロージングの前提条件は最終契約書に記載するものですが、もし基本合意の時点で条件が固まっているなら、記載して認識をすり合わせておくこともできます。
クロージングの前提条件として挙げられる一般的な事項は下のとおりです。これ以外の条件を付してもよいですし、必要ないものがあれば除外することもできます。
【クロージングを行う前提条件】
- 表明および保証事項が正しいこと
- 誓約事項が履行されていること
- 重要取引先から取引を継続する同意が得られていること
- 業務に必要な許認可が取得されていること
- 独占禁止法による届け出などが済んでいること
- 重要な役員・従業員から同意が得られていること
①表明および保証事項が正しいこと
表明保証とは、売り手企業の財務や税務などに関する、買い手に提供した情報が事実であることを保証することです。
買い手は売り手が提供した情報にもとづいてM&Aを行うか判断するので、その情報が事実であることを保証するのが重要です。
売り手企業の実態はデューデリジェンスによって調査しますが、それで全てが分かるわけではなく、売り手から提供された情報を信用しなければならない部分は必ずでてきます。
そういった不確定な状況のなかで買い手が安心してM&Aを行うためには、表明保証は不可欠といえるでしょう。
②誓約事項が履行されていること
誓約事項とは、M&Aの最終契約締結後またはクロージングも含めて、買い手・売り手がするべきことと、してはならないことを規定するものです。
具体的には、売り手が株式譲渡の承認のための取締役会や株主総会をきちんと行うことや、クロージングまでの会社の経営・業務を通常どおり行うことなどがあります。
買い手の場合は、独占禁止法に規定される必要な届出を行うことなどを誓約事項として盛り込みます。必要ならば、売り手企業の従業員の雇用継続、売り手側の経営保証の解除などが含まれることもあります。
これらの事項が間違いなく履行されていないと、M&Aが実行できなかったり大きなトラブルが起こったりする可能性があるので、誓約事項を記載します。
③重要取引先から取引を継続する同意が得られていること
M&A後に買い手が売り手企業とともに事業を行うには、売り手側の取引先と継続的に取り引きが行われる必要があります。
M&Aで売り手企業が買い手の傘下に入ることで、取引内容が変わることを嫌って取引をやめてしまうケースは珍しくありません。買い手としては売り手の取引先を確実に獲得できるよう、クロージングの前提条件に入れておく必要があります。
もし売り手とその取引先が、チェンジオブコントロール条項を結んでいる場合は特に注意が必要です。M&A後も取引を継続できるかどうか、デューデリジェンスの時点できちんと見極めておかなければなりません。
④業務に必要な許認可が取得されていること
株式譲渡による経営権の移動では売り手の許認可も引き継がれ、新たに申請する必要がないことが多いです。一方、事業譲渡は売り手の許認可が買い手に引き継がれないため、業務を始めるには新たに許認可を取得する必要があります。
遅くともクロージングを実行し終わった時点で許認可が取得できていないと、M&Aは完了したけれど業務を開始できないという事態になりかねません。そのため、業務に必要な許認可を取得することは、クロージングの前提条件に入れておく必要があります。
⑤独占禁止法による届け出などが済んでいること
独占禁止法では、規模の大きい会社の株式を大量に取得する際は、その旨を届け出ることが義務づけられています。もし届出義務に該当するM&Aを行うならば、それをクロージングの前提条件にしておく必要があります。
独占禁止法では株式譲渡以外にも、合併や分割、株式移転や事業の譲受に対して届出義務が定められており、それぞれのスキームにおいて届出が必要となる条件があります。
M&Aを行う際は、その取引が独占禁止法の届出義務を負うかきちんと確認し、必要ならクロージングの前提条件に入れておくことが大切です。
⑥重要な役員・従業員から同意が得られていること
M&Aは従業員にとって非常に大きな環境の変化なので、それを機に退職してしまう従業員も出る可能性があります。
もしM&A後の事業にどうしても必要な人材が辞めてしまうと、買い手は予定していた事業計画を変更せざるを得なくなるでしょう。
こういった事態を避けるために、売り手側の重要な役員・従業員から事前に同意を得ておくことを、クロージングの前提条件とすることがあります。
重要な人材がM&Aにともなって退職しないよう定めることを、キーマン条項と呼ぶこともあります。キーマン条項はずっと有効なわけではなく、期間は1年から3年程度にしておくのが一般的です。
⑦その他
ここまでに挙げた条件以外にも、もし個別のケースで必要になるものがあれば追加することができます。
例えば、経営者の個人資産を会社から切り離すことを条件とするといったことが考えられます。
中小企業では、経営者の個人資産と会社の資産がきちんと分離できていないこともあるので、株式譲渡で会社を包括的に譲受する際、経営者の個人資産も譲受してしまうことになります。
経営者が個人資産を会社から買い取ることをクロージングの前提条件に入れておけば、このような事態を避けることができます。
10.公表
M&Aは、基本的に秘密裡に進めないとトラブルのもとになります。ですから、公表してもいいタイミングや公表できる内容について、売り手と買い手で齟齬がないように取り決めておく必要があります。
具体的には、売り手と買い手が協議して合意した場合のみ、プレスリリースなどを行ってもよいという条項を入れておきます。
上場企業の場合は基本合意書締結の段階で公表することもありますが、その場合でも売り手・買い手の協議と合意が必要である旨を明記しておきましょう。
11.法的拘束力
基本合意書は法的拘束力を持つ条項と持たない条項が混在しているのが一般的なので、どの条項が法的拘束力を持つか明記しておく必要があります。
秘密保持義務・善管注意義務・デューデリジェンスへの協力義務・独占交渉権の付与とその期間などに法的拘束力を課すことを明記します。
具体的には、「第〇条から第〇条のみ法的拘束力を有する」などといった文言を、独立した条項として記載しておきます。
12.基本合意書(MOI)が有効となる期限
基本合意書が有効となる期限を定め、条項として記載しておきます。最終期限として具体的な日時を決めておき、その日時が来る前に最終契約を締結した場合は締結した日までを有効期限とします。
基本合意書の最終期限は、短すぎても長すぎてもよくないので、案件ごとに適切な期間を設定する必要があります。一般には短くて2,3か月、長くても半年くらいに収めるのがよいといわれています。
何らかの理由で期限日以降も基本合意書を有効にしたい場合を想定して、売り手・買い手合意のもとで期限を延長できる旨も記載しておきましょう。
その他合意事項
ここまでで基本合意書に必要な記載事項はおおむね網羅しましたが、ほかに必要な記載事項がある場合は適宜追加します。
そのほかの合意事項としてよくみられるのは、準拠法はどの国にするのか、紛争が起こった場合の管轄の裁判所はどこにするのか、専門家に依頼した時の費用をどちらが負担するかなどです。
【その他合意事項】
- 準拠法
- 管轄
- 費用分担
①準拠法
準拠法とは、基本合意書がどの国の法律にもとづいて成立し、解釈されるかということです。
日本企業同士の場合は、準拠法は日本法となります。当たり前の事項ではありますが、念のため「この基本合意書は日本法に準拠する」といった一文を記載しておくとよいでしょう。
海外企業とM&Aを行う場合は、準拠法をどこにするかは重要な事項となります。日本法か相手企業の国の法律に従うかによって、今後の交渉の内容も変化してくる可能性があります。この点はトップ面談で相手企業としっかり交渉して決めることが大切です。
基本的には自国の法律を準拠法にしたほうがよい場合が多いですが、海外の法律が自社のM&A戦略に合っている場合は、あえて日本法以外を準拠法にする選択肢もあり得ます。
②管轄
管轄とは、もし買い手と売り手の間で紛争が起こった場合に、どこの裁判所で裁判を行うのかということです。
日本企業同士のM&Aの場合は、両社が合意した日本の裁判所を記載しておきます。外国企業とのM&Aの場合は、準拠法で定めた国の裁判所を管轄とするのが一般的です。
外国企業とのM&Aでは、管轄でない裁判所で訴えを起こされるトラブルなども想定されるので、この条項をきちんと定めておくことが重要となります。
③費用分担
M&Aを行うにあたってかかった各種費用について、買い手・売り手どちらが負担するか明確にしておきたい場合は、その旨を基本合意書に記載しておきます。
ただし、デューデリジェンス費用は通常買い手が負担するものであり、売り手が雇った専門家の費用は売り手側が負担するのが普通です。ですから、費用分担について基本合意書に特に記載しておく事項はないこともあります。
しかし、その場合でも、「それぞれに発生する費用はそれぞれが負担する」といった一文を基本合意書に記載しておけば、万が一のトラブル防止になります。
6. 基本合意書(MOU)における独占交渉権
基本合意書に盛り込まれる条項はどれも重要なものですが、なかでも独占交渉権は特に買い手にとって非常に重要になります。買い手が基本合意書を締結する際は、独占交渉権を必ず入れておくことが大切です。
この章では、基本合意書における独占交渉権について、メリット・デメリットなどを解説していきます。
独占交渉権とは
独占交渉権とは買い手が売り手と独占的に交渉できる権利のことで、権利のある期間中は売り手は他の買い手と交渉することができません。
基本合意書の締結後に行うデューデリジェンスは、買い手にとって非常にコストと負担がかかるものです。独占交渉権がない状態でデューデリジェンスを行うのはリスクが高く、よほど小規模なM&Aでない限り独占交渉権を得ておく必要があります。
独占交渉権が付与される一般的な期間
独占交渉権の期間は買い手と売り手が最もよいと思う任意の期間に設定すればよいですが、一般には3か月から半年くらいになることが多いです。
短すぎると期間中に最終契約まで持ち込めなくなり、逆に長すぎても売り手を拘束しすぎてしまうため、適切な期間を設定するようにしましょう。
独占交渉権のメリットとデメリット
独占交渉権は主に買い手にとってメリットがあるもので、売り手にとっては独占交渉権自体は特にメリットがあるものではありません。
買い手にとっては独占交渉権を得ておくことで、売り手が他の買い手と交渉する心配がなくなります。一方、売り手にとっては、期間中は他の買い手と交渉できないデメリットがあります。
しかし、売り手にとっても、買い手と真剣に交渉を進める意思表示をして信頼関係を築くといったメリットもあるので、独占交渉権をむやみに拒否するようなことは行わないほうが得策です。
Fiduciary Out(フィデュシャリー・アウト)条項
Fiduciary Out条項とは、売り手が例外的に独占交渉権を放棄して、他の買い手と交渉できる条件を定める条項です。
Fiduciary Out条項を入れておくと、ほかにもっとよい買い手が現れた時に、そちらの買い手に乗り換えることも場合によっては可能になります。
Fiduciary Out条項で独占交渉権を放棄できるのは、独占交渉権を維持することが、売り手にとって善管注意義務または忠実義務違反になる場合です。独占交渉権と善管注意義務・忠実義務が矛盾した場合は、後者を優先することができます。
Fiduciary Outは買い手にとっては不利な条項ですが、独占交渉権の期間を長くとりたい場合に、Fiduciary Out条項を入れることで、売り手の合意が得やすくなるなどのメリットもあります。
Break-up fee(違約金)
独占交渉権の違反に対して罰則をつけたい場合は、基本合意書に違約金の条項を記載することもできます。もし売り手が独占交渉権に違反して他の買い手とM&Aを締結してしまった場合、違約金を支払うことで解決したとみなします。
単に独占交渉権に違反した場合だけでなく、Fiduciary Out条項を使って独占交渉権を放棄した場合にも、違約金を設定しておく必要があります。
違約金の額についてはっきりした基準はありませんが、アメリカでは取引金額の1%から5%くらいにすることが多いことから、日本でも同様に設定することが多いといわれています。
7. 基本合意書(MOI)の法的拘束力
基本合意書が一般的な契約書と違って分かりにくいのは、法的拘束力のある条項とない条項があることです。基本合意書について理解してスムーズなM&Aを行うためには、基本合意書の法的拘束力について把握しておく必要があります。
基本合意書(MOI)自体に法的拘束力はない
原則として、基本合意書自体には法的拘束力は持たせないのが一般的です。基本合意書は今後の展開次第で契約内容が変わることを踏まえて締結するものですから、全てに法的拘束力を持たせることはできません。
一部条項には法的拘束力を持たせるのが一般的
基本合意書は原則として法的拘束力を持ちませんが、一部条項には法的拘束力を持たせるのが一般的です。前章までで解説した独占交渉権や秘密保持義務、デューデリジェンスへの協力義務などに法的拘束力を持たせます。
ただし、どの条項に法的拘束力を持たせるかはあくまで任意なので、ここはトップ面談の重要な議題の一つとなります。
基本合意書の法的拘束力は、売り手が負うものが多い傾向があります。ですから、買い手はできるだけ法的拘束力を持たせたいのに対して、売り手はできるだけ持たせたくないという、相反する思惑のなかで妥協点を模索していかなければなりません。
8. 基本合意書(MOI)の法的拘束力や独占交渉権が問題となったケース
基本合意書には独占交渉権など一部の条項に法的拘束力が付与されますが、もし売り手がこれに違反した場合、実際どのようなことが起こるのでしょうか。
大企業同士のM&Aにおいて、かつて基本合意書の独占交渉権について問題になり、訴訟に発展した有名なケースがあります。
ここではこの事例を取り上げて、基本合意書の法的拘束力や独占交渉権が、判例としてどのように解釈されているのかをみていきます。
中小企業M&Aにおいて同じようになるとは限らない部分もありますが、有名な事例を知っておくことはいざトラブルになった時の参考になるでしょう。
住友信託銀行とUFJホールディングス(現:MUFG))の訴訟
2004年に、住友信託銀行とUFJホールディングス(現:MUFG))との間で、業務提携に関する基本合意書が締結されました。この基本合意書では、買い手の住友信託銀行がUFJホールディングスに対して独占交渉権を得るとされています。
しかし、UFJホールディングスは独占交渉権を無視して、独占交渉権が有効な期間中に三菱東京フィナンシャルグループと交渉を進めてしまいました。
住友信託銀行は、基本合意書で独占交渉権を得たことで、当然UFJホールディングスと独占的に交渉し、最終契約に向けて手続きを進めていけると思っていたでしょう。
しかし、UFJホールディングスは基本合意書締結後わずか2か月ほどで三菱東京フィナンシャルグループと交渉を進め、住友信託銀行に対して独占交渉権の解約を通告しました。
独占交渉義務違反についての差止仮処分請求事件
UFJホールディングスのこの行為に対して、住友信託銀行はこれは独占交渉義務違反であり、第三者との交渉を止めるよう求める仮処分の訴訟を起こしました。
この訴訟は、まだ最終契約が締結されていないM&Aにおいて、基本合意書の時点での法的拘束力をどのくらい認めるかということが争点となりました。
この訴訟は最高裁までもつれこみましたが、東京地方裁判所、東京高等裁判所、そして最高裁判所でそれぞれ違う判断が下されています。
まず、東京地方裁判所では基本合意書の法的拘束力を認め、住友信託銀行の主張を支持しました。そして、東京高等裁判所では、逆にUFJホールディングスの主張を認め、仮処分申請を却下しています。
東京高等裁判所は、もはや住友信託銀行とUFJホールディングスの間で交渉を再開してもM&A締結の見込みはないため、独占交渉権は事実上失われていると判断しました。
そして最高裁判所は、独占交渉権の法的拘束力は認めるものの、やはり住友信託銀行とUFJホールディングスの間の最終合意は難しいとして、東京高等裁判所の判断を支持し仮処分申請を却下しました。
この判例から分かることは、基本合意書に独占交渉権を付与したとしても、必ずしも買い手の完全なリスクヘッジになるとは限らないということです。
中小企業M&Aにおいても、基本合意書に独占交渉権を付与する場合は、売り手が違反した場合の罰則や独占交渉権が消失する条件などを、できるだけ細かく決めておくことが大切です。
経営統合協議の解消を巡る損害賠償請求事件
UFJホールディングスへの仮処分が却下された住友信託銀行は、UFJホールディングスに対して本訴訟を行うとともに、1000億円の損害賠償の支払いを請求しました。
この訴訟で東京地方裁判所は、独占交渉義務に違反した責任はUFJホールディングスにあるとしました。
しかし、基本合意書はあくまでM&Aの途中の時点での合意事項などを取り決めるものなので、M&Aが破談になってしまったことに対してUFJホールディングスに責任はないという判断を下しました。
よって、最終契約を締結できなかったことに対する損害賠償を求める、住友信託銀行の請求は認められないとして却下されました。
つまり、独占交渉権はあくまで独占的に交渉する権利であって、最終契約の締結を約束するものではないので、最終契約を締結できなかったことに対して損害賠償を支払うことはないということです。
一方、最終契約を締結できなかったことではなく、独占交渉権に違反したことによって生じた損害がもしあれば、それに対しては責任が生じる可能性も指摘しています。
しかし、この訴訟で住友信託銀行が損害賠償を請求したのは、M&Aが締結できなかったことに対するものであり、独占交渉権を破棄して信頼を損ねたことに対する損失は請求していなかったため、判決としては棄却という判断になっています。
もし中小企業M&Aで似たような訴訟になった場合、独占交渉権の信頼を損ねたことによる損失が具体的に何かというのは難しい判断となります。
よって、基本合意書に独占交渉権を付与する際は、Fiduciary Out条項や違約金を含めた、できるだけ細かい条件を設定しておくことが重要になるといえるでしょう。
この訴訟は最終的に、UFJホールディングスが住友信託銀行に25億円の解決金を支払うことで和解しています。
9. 基本合意書(MOI)締結時の注意点
基本合意書はM&Aのちょうど中間時点で締結する書面であり、ここまでの交渉の内容を整理すると同時に、今後のデューデリジェンスや最終交渉を円滑に進めるためにも重要なものです。
基本合意書を締結する際は、注意点をしっかり押さえたうえ、必要な条項を過不足なく記載してトラブルが起こらないように作成しなければなりません。
基本合意書締結時の主な注意点としては、法的拘束力を持つ部分と持たない部分をともにしっかり記載することが挙げられます。それに加えて、基本合意書の作成に精通している専門家に相談することも大切です。
【基本合意書(MOI)締結時の注意点】
- 法的拘束力を付与する条項に注意
- 法的拘束力を付与しない条件もしっかり記載
- 専門家に相談
1.法的拘束力を付与する条項に注意
基本合意書には、法的拘束力がある条項とない条項がありますが、法的拘束力を付与する条項は特に注意して作成する必要があります。
法的拘束力を持たせる条項のなかには、独占交渉権のように売り手と買い手でメリット・デメリットが相反するものもあります。
こういった条項をいかに両者の妥協点をみつけて締結するかが、基本合意書締結の重要なポイントです。
法的拘束力を付与する条項では、もし違反した場合の罰則についても売り手・買い手両者が納得できる条件を課しておく必要があります。罰則については決まったルールや正解がない部分もあるので、経営者の交渉力が重要になってきます。
Fiduciary Outなどの専門的な条項については、M&Aの専門家でも経験や知識が少ないこともあるので、より慎重に考えていく必要があるでしょう。
2.法的拘束力を付与しない条件もしっかり記載
基本合意書の締結では法的拘束力を持つ条項が特に重要ですが、だからといって法的拘束力を持たない条項が重要でないというわけではありません。
法的拘束力を付与しない条項についても、しっかりと漏れがないように必要十分な記載をしておく必要があります。
基本合意書はほぼ最終契約に近い内容にすることもあれば、大まかな合意内容を記載する程度にとどめることもあります。
このように基本合意書は案件ごとに性質が異なる部分もあるので、どの条件を記載するかは臨機応変に考えていく必要があるでしょう。
3.専門家に相談
ここまでみてきたように、基本合意書の締結には専門的な知識が必要で、不備があると訴訟など思わぬトラブルになることもあります。基本合意書は最終契約ではなく法的拘束力のない部分があるものの、やはり専門家の助けを得て作成することが大切です。
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10. まとめ
基本合意書はM&Aの手続きの途中の段階で締結する書面ではありますが、法的拘束力がある事項もあり最終契約書と同じように慎重に作成する必要があります。基本合意書の記載事項や目的を把握して、適切な書面を作成するようにしましょう。
【基本合意書(MOU)を締結する主な目的】
- 重要点の合意形成
- 当事者間での心理的拘束力を確立
- スケジュールの明確化
- 買収価格の設定
- 独占交渉権の設定
- 情報開示による交渉力の強化
【基本合意書(MOI)に記載する内容】
- 買収対象
- 使用するM&Aスキーム
- 買収価格
- M&Aのスケジュール
- デューデリジェンス実施に関する事項
- 独占交渉権および違約金
- 秘密保持義務
- 善管注意義務
- クロージングを行う前提条件
- 公表
- 法的拘束力
- 基本合意書(MOI)が有効となる期限
【クロージングを行う前提条件】
- 表明および保証事項が正しいこと
- 誓約事項が履行されていること
- 重要取引先から取引を継続する同意が得られていること
- 業務に必要な許認可が取得されていること
- 独占禁止法による届け出などが済んでいること
- 重要な役員・従業員から同意が得られていること
【基本合意書(MOI)締結時の注意点】
- 法的拘束力を付与する条項に注意
- 法的拘束力を付与しない条件もしっかり記載
- 専門家に相談
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