2024年05月28日更新
M&A手法の株式譲渡とは?事業譲渡との違いやメリット・デメリットなど徹底解説!
株式譲渡における株式の取引は、会社の経営権・経営体制に直結するものです。実際に中小企業では、株式譲渡を用いたM&Aが頻繁に行われています。本記事では、M&A手法である株式譲渡の注意点や手続きの流れ、メリット・デメリットについて解説します。
目次
1. 株式譲渡によるM&Aとは
M&A(Mergers and Acquisitions=合併と買収)には、さまざまなスキーム(手法)があります。それらの中で代表的でオーソドックスなスキームが、株式譲渡です。上図は、株式譲渡の概念を一例で示したものです。
A社の独占的株主Aが、所有する全株式をB社に譲渡(売却)した結果、新たな株主(経営者)となったB社はA社にとって親会社であり、B社の意向で経営陣は新役員に刷新された意味合いになります。
このように株式譲渡における株式の取引は、会社の経営権・経営体制に直結するのです。そのため、譲渡側が非上場の中小企業である場合に多く用いられるスキームとして、株式譲渡があります。
M&Aで株式譲渡が採用される割合
中小企業庁の「M&A実施企業の実態」によると、40.8%がM&Aで株式譲渡が採用される割合です。M&Aの割合で最も多いのは41%を占める事業譲渡なので、ほとんどのM&Aは事業譲渡か株式譲渡の手法といえます。
次は合併の15%で、会社分割や株式移転などの手法はあまり見られません。
株式の買い付け方法
株式譲渡は比較的手続きが簡単なことから、最も多く採用されているM&Aスキームです。株式譲渡の買い手側から見て、具体的な取引方法(買い付け方法)は以下の3つがあります。
- 市場買い付け
- 公開買い付け(TOB)
- 相対取引
市場買い付けによる株式譲渡
市場買い付けとは、上場会社の株式を上場株式市場での取引をつうじて買い集める方法です。市場取引なのでいくら買っても構わないように思われますが、「5%ルール」の規定が設けられています。
これは、株を買い付けている相手会社の発行済株式総数か、潜在株式総数における合計の5%を超えて取得した場合、その取得日より5営業日以内に、大量保有報告書を管轄の財務局へ提出しなければならない規定です。
この規定により、多数の取引参加者が存在する上場株式市場での買い付けでも、大量に株式を買い付けると動向が明らかになります。
その結果、株価が上昇し買収金額の高騰につながってしまうため、過半数の株式取得を目指す場合は、市場買い付けが選択されることはほとんどありません。
公開買い付けによる株式譲渡
公開買い付け(TOB=Take Over Bid)は、上場会社の株式について、買い付け期間・買い付け数量・買い付け価格などを提示したうえで、市場外で一括して買い付ける方法です。市場買い付けよりも明確に、経営権の取得を目的として行われます。
TOBを行ううえでの金融商品取引法上の規制が、3分の1ルールです。上場会社における株式の所有割合が3分の1を超える買い付けを行う場合は、TOBを行う必要があります。
ただし、買い付けへの応募状況を見て、目的とする支配権獲得に至らない場合は、結果として買い付けを一切行わないことも可能です。
相対取引による株式譲渡
相対取引は、売り手側と買い手側における当事者同士の直接的な交渉によって株式を売買します。非上場株式を売買する場合は、この相対取引による方法しかありません。
相対取引の場合、対象会社の株主が複数いれば、各株主との個別交渉で株主ごとに売買価格を決めるのではなく、全ての株主に対し同一価格で買い取りを行うのが一般的です。
2. M&A手法の株式譲渡と事業譲渡、株式交換、合併の違い
この章では、M&A手法の株式譲渡と事業譲渡、株式交換、合併の違いを見ていきましょう。
株式譲渡と事業譲渡の違い
事業譲渡とは、売り手側の事業を買い手側に譲渡するスキームです。一部の事業における場合もあれば全ての事業における場合もあります。いずれにしても会社組織は売り手側の手元に残るので、売り手側は会社の経営権を保ったまま事業再編できるのです。
株式譲渡は会社の経営権自体を譲渡するので、その点が絶対的に異なります。
株式譲渡と株式交換の違い
株式交換は、2社間において一方を完全子会社化する際に用いるM&Aスキームです。上図の例で説明すると、A社の株主がその株式をB社に全て譲渡することで、B社はA社の完全親会社となります。
この場合、A社株主への対価としてB社の株式交付が法令により認められており、これが株式交換という名称の由来です(対価に現金を用いることも可能)。法令に定められた取引方法であるため、手続きや要件など規定どおりに行わなければなりません。
以上のように、手続きが法令で厳格に定められている点と現金以外の対価が認められている点が、株式譲渡との大きな違いです。なお、完全子会社化しない場合でも株式交換と同様の手法が行える「株式交付」の制度が、2021(令和3)年3月から施行されました。
株式譲渡と合併の違い
合併は、複数の企業を1つに統合するM&Aスキームです。統合によって、存続会社以外の当時会社は解散・消滅します(これを消滅会社という)。上図左側が、既存会社の1社が存続会社となる吸収合併、同右側が、新設会社が存続会社となる新設合併です。
このように合併では、存続会社以外は統合され消滅します。株式譲渡の場合、経営権は譲渡しても売却側の独立性・会社組織は保たれ、この点が合併と株式譲渡の大きく異なる点です。
3. 株式譲渡によるM&Aを行うメリット
本章では、株式譲渡によるM&Aを行うメリットを、売り手側、買い手側、両者に共通するものの順番に解説します。
売り手側のメリット
まずは、売り手側の主なメリットを取り上げます。
売却益を得る
売り手側は、株式譲渡で売却益を得られます。売り手側の経営者が創業者である場合、これが創業者利益です。非上場企業では、株主は流動性の低い株式の売却に苦労しますが、株式譲渡では契約手続き完了後に現金を受け取れます。
経営者は株式譲渡で得たまとまった現金を、老後の生活資金にあてたり、新たな事業の元手にしたりするなど、自由に使えるのです。
株主主導のM&Aである
株式譲渡の売り手側は、会社ではなくその会社の所有者=株主です。また、中小企業の場合は、経営者が株主を兼ねるケースがほとんどなので、経営者兼株主に決定権が集中しています。
事業譲渡における債権者や従業員の個別同意も不要であることから、現実的にはほぼ反対は不可能といえるくらい、株主の意志だけでM&Aを進められるのです。
節税が可能
税率だけを見た場合、株式譲渡は事業譲渡に比べて低いです。売り手側から見た、株式譲渡と事業譲渡にかかる税金の違いは以下になります(2021年6月現在の税率)。
税金の種類 | 税率 | |
---|---|---|
株式譲渡 | 所得税+住民税 | 譲渡益に対し20.135% |
事業譲渡 | 消費税 | 課税資産の売買価格に対し10% |
法人税 | 譲渡益に対し約33% |
非課税資産:土地、有価証券、債権
ただし、株式譲渡は対価を受け取るのが株主なので経営者個人への課税です。事業譲渡は対価を受け取るのは会社で、課税は会社が受けます。事業譲渡における消費税は、納付義務が譲渡側にあるものの実際にそれを負担するのは譲受側です。
後継者問題が解決
中小企業は少子化の影響で後継者不足の企業が増え、その結果、廃業した会社や廃業を予定している会社が多く存在します。近年、この後継者問題の解決手段として、株式譲渡が用いられるようになりました。
つまり、株式譲渡で会社を売却すれば、その買い手が新たな経営者(後継者)となり、会社は存続するのです。
M&A後も企業の独立性を維持できる
株式譲渡によるM&Aでは、株主の変更だけで売却側から買収側へ経営権を引き継ぐことが出来るため、売却側はM&Aを実施する前後で仕事の実情は変わりません。
売却側が少数株主として残れば、経営に関わり続けることも可能です。創業が長い売却側であれば、株式譲渡によるM&Aにより売却側の独立性を維持し培ってきた社風などを引き継ぐことが出来ます。
買い手側のメリット
次に、買い手側の主なメリットを紹介します。
資産を包括的に受け継ぐことが可能
買い手側の観点からは、売り手側の資産をそのまま入手できるのがメリットです。つまり、株式譲渡では、売却側の契約・資産を株式譲渡の手続きのみで包括的に承継できます。
資産は、建物や土地、設備などのほかに、ブランド力や技術力、ノウハウや知的財産、営業エリアといった無形の資産も含まれるのです。買い手側は、売り手側の資産と自社の資産を組み合わせたシナジー効果創出が期待できます。
株式を過半数取得させれば支配権を確保できる
株式譲渡によるM&Aでは、株式を過半数以上得れば対象会社の支配権を確保できます。意思決定を実施する取締役の選任は、株主総会の普通決議をとおせばよいからです。反対株主がいても、反対株主が持つ株式以外で過半数の株式を得ると、経営権を得られます。
ただし、過半数を得ても2/3未満の議決権であれば、重要な意思決定となる株主総会の特別決議を単独でとおせません。
両者に共通するメリット
最後に、両者に共通する主なメリットをまとめました。
手続きが簡単
株式譲渡は、売り手側の取引先や従業員、債権者など全てを包括して承継するM&Aです。事業譲渡で必要な債権者や従業員などの個別同意を得る手続きはいりません。
取締役会や株主総会で承認を得て、株主名簿を書き換えることで手続きが完了するため、手続きにかかる時間を短縮し、コストが抑えられます。
4. 株式譲渡によるM&Aを行うデメリット
本章では、株式譲渡によるM&Aを行う際に想定されるデメリットを、売り手側、買い手側の順番に解説します。
売り手側のデメリット
まずは、売り手側で問題となりやすいデメリットを紹介します。
特定の事業のみを売れない
株式譲渡では、事業譲渡のように特定の事業や資産のみを選別して売れません。まず、根本に立ち返り、会社組織を手元に残したいのか、全て手放していいのか、よく検討してスキームを選択しましょう。
株式譲渡は事業譲渡より適用される税率が低いとはいえ、会社を丸ごと売却する分、事業の一部のみを売却する事業譲渡に比べて売買金額自体が高額になります。
したがって、課税額で考えれば、一概に株式譲渡の方が税金は低いとは限りません。
株主をまとめるのが大変
株券発行会社の場合は、譲渡する株券を株式譲渡実施前に集めなければなりません。株主が経営者のみならいいですが、中小企業では親類や知人、役員などに株式を持たせているケースもあります。
仮に退職した役員や疎遠となった知人などが株式を所有した状態だと、株式の取りまとめだけでかなりの労力を割かなくてはなりません。また、株券不発行会社でも、株式譲渡は当事者である株主の合意がなければ成立しないことに注意が必要です。
買い手側のデメリット
次に、買い手側で問題となりやすいデメリットをまとめました。
債務などは引き継がれる
株式譲渡の特徴は、会社を丸ごと引き継ぐことです。したがって、資産や権利などとともに債務も引き継ぎます。把握できている債務ならまだいいですが、簿外債務などが株式譲渡後に発覚すると、経営にダメージをおよぼすかもしれません。
株式譲渡契約を締結する前に、デューデリジェンス(売却企業に対する精密監査)を徹底して行うことが肝要です。
のれん償却費が損金算入できない
M&Aでは、買収価額を決める際に企業価値評価(バリュエーション)を行います。このとき、対象会社における資産などの金額に加えて、ブランド価値や会社の将来性など「見えない価値」も上乗せするのが常です。この上乗せ部分が、のれん代となります。
しかし、株式譲渡では、のれん部分の金額を税法上の損金に算入できません。事業譲渡では、のれんを5年間にわたり損金に算入できます。
買収資金が必要
株式譲渡の場合、株式を買い取る対価は現金です。そのため、手持ち資金が足りない場合は買収資金を銀行などから調達する必要があります。融資は絶対ではありませんから、買収資金調達が買い手側のネックになり得るのです。
シナジー効果が得られるとは限らない
株式譲渡では、親会社と子会社の関係となりますが別会社です。親会社と子会社の取引などは自由にできず、制限があります。
そのため、対象会社を100%買収後に合併し一つの会社にして、よりシナジー効果を求めることもあるのです。
5. 株式譲渡によるM&Aの手続き方法・流れ
株式譲渡を進めるには、法的に従う手続きを踏む必要があるので注意しましょう。一連の手続きの概要を説明します。なお、デューデリジェンスは法的に定められた手続きではありませんが、プロセスとして手続きに関連するため加えました。
- 経営陣による大筋の合意
- 株式譲渡の承認請求
- 取締役会・臨時株主総会での承認決議
- 株式譲渡の承認通知
- デューデリジェンスの実施
- 株式譲渡契約の締結
- クロージング
- 株主名簿の書き換え・証明書の交付
株式譲渡は、会社法の規定に沿って厳格に手続きを行う必要があります。株式譲渡の相手と合意してから、法的に必要とされる以下の手続きだけでも、最低2カ月くらいは見ておきましょう。また、以下の手続きと並行して、デューデリジェンスも行う必要があります。
なお、株式譲渡全体のスケジュールは、相手探しの段階からカウントして短くても6カ月、一般的には10カ月~1年以上かかるのです。
経営陣による大筋の合意
まず、重要事項(取得株数、株価、クロージング日、M&A後の経営体制など)を合意し、基本合意書を締結します。
基本合意書は、ほとんどのケースで法的拘束力を持たないように作り、M&Aによっては双方の意思をメールなどで確認して基本合意書は作らないこともあるのです。
株式譲渡の承認請求
株式譲渡で譲渡制限株式を売却する場合、株主は譲渡承認請求書に以下の事項を記載して会社に株式売却の承認を求める手続きをします。
- 譲渡する株式の種類および数
- 株式を譲渡する相手方の氏名または名称
ただし、中小企業の場合は代表者(経営者)兼株主の場合が多いです。そのため、請求書を提出する手続きの前に会社との合意は事実上得られます。
譲渡制限株式の確認方法
譲渡制限株式かどうかの確認は、定款または登記事項証明書で行えます。なお、株券発行会社であるかどうかの確認も同様です。
取締役会・臨時株主総会での承認決議
譲渡承認請求書が提出された場合、それを承認する手続きをする機関は、会社の定款内容によって異なります。
取締役会設置会社の場合
取締役会設置会社の場合、原則的に取締役会で譲渡承認請求書の承認・非承認を決める手続きを行います。ただし、定款で定めれば取締役会設置会社も、株主総会でこの手続きもできるのです。
取締役会非設置会社の場合
取締役会を設置していない会社の場合は、株主総会で譲渡承認請求書の承認・非承認を決める手続きをする必要があります。
株式譲渡の承認通知
取締役会または株主総会で譲渡承認請求書が承認された場合、会社はそれを請求者(株主)に通知する手続きが必要です。承認の場合は速やかに通知手続きをすれば問題ないですが、非承認の場合は以下の承認期間に注意しましょう。
承認期間について
会社が、譲渡承認請求の日から2週間(定款で短縮も可能)以内に株主へ承認・非承認の通知手続きをしなかった場合、会社は譲渡を承認したものと認められると会社法で定められています。
つまり、承認しないつもりであっても2週間以内に通知しなければ、承認したことになるのです。ただし、請求者との合意があれば2週間以上に変更できるため、2週間での通知手続きが難しい場合は早めに請求者とその旨を協議する必要があります。
デューデリジェンスの実施
譲渡承認は社内での手続きですが、それと前後してデューデリジェンスを行う必要があります。デューデリジェンスは、売り手側と買い手側の「情報の非対称性」の解消を目的に、売り手側における会社の経営実態をより明らかにする調査です。
売り手側は自分の経営情報をよく把握していますが、買い手側にはわからないケースも多くあります。M&Aでは買い手側が情報弱者で、そこには「情報の非対称性」が存在するのです。
そのため、デューデリジェンスは買い手側の知りたいことに沿って行われますが、一般的には「財務」「税務」「法務」「労務」「ビジネス」のデューデリジェンスが必須と考えられています。
株式譲渡契約の締結
株式譲渡承認手続き、およびデューデリジェンスが済んだら、売り手側と買い手側双方で株式譲渡契約書を取りまとめ、署名します。
株式譲渡契約書の記載内容
株式譲渡契約書の記載内容は、細かい点では取引内容によって異なりますが、以下の項目が記載されます。
- 株式を発行する株式会社の情報
- 株主の氏名
- 株式譲渡における対価の価格
- 対価を支払う方法、それに伴う期限
- 株主から除名を行う際の手続きに関する内容
- 賠償責任に関する内容
- 新たな株主として株主名簿の書き換え請求する内容
印紙を貼る必要がある場合
株式譲渡契約書は、その本体が課税文書の役割を果たしているため、原則として収入印紙は不要です。しかし、例外として株式譲渡契約書に「代金受領」の記載がある場合、収入印紙を貼る必要があります。
一般的ではないですが該当するケースは、契約書作成日以前に株式譲渡代金の支払いがされている場合です。「代金受領」の記載がある株式譲渡契約書は、「金銭の受取書、領収書」の性質があるため、収入印紙を貼らなければなりません。
クロージング
売却側は、株券をクロージングの日に買収側へ渡し、買収側は株券番号と株券の一致や必要株数をチェックします。
その後、送金指示をした銀行へ売買代金の決済を依頼し、売却側が株式譲渡契約書記載の額が振り込まれたことをチェックして完了です。
株主名簿の書き換え・証明書の交付
株式譲渡は、譲渡制限株式を譲渡しただけでは有効になりません。会社が株主名簿を書き換える手続きが必要です。売り手側と買い手側双方で、会社に対して株主名簿の書き換え請求を行います。
株券不発行会社の場合、買い手側株主は、会社に対して株主名簿記載事項証明書の交付を請求するのが常です。会社が証明書の交付手続きを行うことで、新しい株主は自身が株主となったことを確認できます。
株式譲渡の効力発生について
株式譲渡における株主名簿の書き換えは、対抗要件です。対抗要件とは、ある法律関係や法律上の効力が発生した場合に、第三者に対して有効に主張するのが可能となる要件をいいます。
一方、株式譲渡の効力発生要件は、これとは異なります。 効力発生要件は、対抗要件以前に、ある法律行為が法律上の効果を上げるために要求される法律上の要件です。この要件が欠けると、当事者の意思にかかわらず法律上の効果が生じません。
株式譲渡の効力発生要件は、株券発行会社と不発行会社で異なり、以下のとおりです。
- 株券発行会社の場合:当事者間の意思表示+株券の交付
- 株券不発行会社の場合:当事者間の意思表示
株券発行会社の場合、株式譲渡ではもれなく株券の現物を譲渡しなければならないことに注意しましょう。
6. 株式譲渡の対価と企業評価を算定する方法
株式会社の対価と企業価値を算定する方法は、主に以下の5種類があります。
算定方法 | 詳細 |
---|---|
時価による算定 | 市場での取引価格(時価)に基づいて算定する方法。 |
純資産価額による算定 | 貸借対照表上の資産から負債を差し引いた純資産価値に基づいて算定する方法。 |
類似業種比準による算定方法 | 同業他社の売上高、利益、成長率などの指標を参考にして算定する方法。 |
配当還元による算定 | 株式の配当金に基づいて算定する方法。 |
DCF法による算定 | 将来予測されるキャッシュフローから割り引いて現在価値を算出する方法。 |
詳細は以下の記事で解説していますので、参考にしてみてください。
7. 株式譲渡によるM&Aの会計処理
株式譲渡を行った際の会計処理について、仮定の数値で具体例を示します。会計処理ですので、譲渡側は個人ではなく、法人が株式譲渡を実施した前提です。株式譲渡側と譲受側では処理が異なりますので、それぞれに分けて掲載します。
株式譲渡側
株式譲渡の対価が5,000万円、該当株式の簿価が4,000万円、株式譲渡益(売却益)が1,000万円、M&A仲介会社への手数料(業務委託費)が300万円である場合の会計処理は以下の通りです。
借方 | 貸方 |
---|
現預金 | 50,000,000 | 株式 | 40,000,000 |
株式売却益 | 10,000,000 |
借方 | 貸方 |
---|
業務委託費 | 3,000,000 | 現預金 | 3,000,000 |
株式譲受側
株式譲渡の対価が5,000万円、M&A仲介会社への手数料が300万円、譲受側にはデューデリジェンス費用も発生するためこれを100万円とします。買い手側の個別財務諸表では、株式譲渡対価や手数料は全て合算し「子会社株式」に参入するのです。
借方 | 貸方 |
---|
子会社株式 | 54,000,000 | 現預金 | 54,000,000 |
個別財務諸表上の会計処理
買収側は株式取得を計算に反映させる仕訳が必要です。デューデリジェンス費用などは個別財務諸表上、株式の取得原価にプラスします。
連結財務諸表を作成しているケース
買収側が連結財務諸表を作っている場合は、売却側の資産や負債を時価で受け入れ資本と親会社の投資勘定を相殺する仕訳をし、差額をのれんとして扱うのです。連結財務諸表上ののれんは、20年以内の定額償却が要求されます。
8. 株式譲渡によるM&Aで課される税金
ここでは、非上場の中小企業経営者が、自社株式を外部の法人に株式譲渡する前提で、課税される内容を説明します。
個人株主に課される税金
株式譲渡側は経営者個人ですから、課税内容は所得税と住民税で、株式の譲渡所得は給与所得などの所得とは分けて税金を計算する申告分離課税です。なお、2037(令和19)年までの時限措置として、復興特別所得税も課税されます。
株式の譲渡所得は申告分離課税ですから、総合課税と違い以下の税率です。
- 合計税率20.315%=所得税15%+住民税5%+復興特別所得税0.315%
また、譲渡所得は以下の計算式で求めます。
- 株式譲渡所得=売却価格-(取得費+譲渡費用)
取得費は、株式を取得した際に支払った金額なので創業者であれば資本金額です(全額出資の場合)。なお、取得費がわからない場合は、売却価格の5%を取得費とする概算取得費の適用もできます。
譲渡費用は、株式譲渡を行うためにかかった費用全般で、M&A仲介会社などへの手数料が主に該当する費用です。
法人株主に課される税金
株式譲渡を実施して法人株主に課される税金は、法人税などです。法人税などは、株式譲渡で獲得した利益に他の所得とプラスした法人の所得に、法人税実効税率をかけ合わせて算出します。ちなみに、消費税はかかりません。
例を挙げると、株式売却益1億円以外に他の所得がないときの法人税などの額は以下です。
- 100,000,000円 × 29.74%(東京都、外形標準適用法人のケース)=29,740,000円
節税対策としての役員退職金の活用
売却側が役員を行っているケースでは、役員退職金を活用して売却側に課される所得税をやや節税できます。売却側の役員へ退職金を支払ってからM&Aを行うのです。役員退職金における税金の算出は、退職所得に当たり退職金額や勤労年数で税率が異なります。
役員退職金を活用して設計すれば、譲渡所得の税率である20.315%より少なく抑えられるのです。
9. 株式譲渡によるM&Aを行う際の注意点
非上場企業を対象とした株式譲渡の場合、その株式と株主について特殊なケースが存在する場合があり、それは決してまれなケースではありません。大いにあり得ることとして考えられる株式譲渡の注意点は、以下が挙げられます。
- 株式は発行されているか?
- 譲渡制限を設けていないか?
- 株主が分散していないか?
- 株主が未成年者や成年被後見人に該当するか?
- 株主が認知症に該当するか?
- 名義株が存在するか?
- 行方がわからない株主がいるか?
- 従業員持株会の株式譲渡は必要か?
- 株主が死亡した場合の取り扱いはどうするか?
それぞれの注意点について、その概要と対応策を説明します。
①株式は発行されているか?
株券発行会社は、株式譲渡の際に株券の受け渡し手続きが必要なことに注意しましょう。会社法が制定された2006(平成18)年以前に設立された会社は、定款に株券を発行しない旨を明記しなければ、自動的に株券発行会社となります。
一方、会社法制定以降に設立された会社は、定款で何も定めなければ、自動的に株券不発行会社です。
株券発行済みの会社の場合
株券発行済みの会社は、株券を発行してはじめて株式の効力が発生します。そのため、売り手側と買い手側における株式譲渡の合意だけでは権利移転ができず、売り手側が株券を交付することで株式の権利が移転されるのです。
株券が不発行の会社の場合
株券不発行の会社である場合、株式譲渡は、買い手側と売り手側との合意により株式譲渡契約を結び成立します。それを受けた当時会社が、株主名簿の名義書換を実施する流れです。
②譲渡制限を設けていないか?
株式譲渡の対象株式が、譲渡制限株式である場合は、まず会社に対して株式譲渡承認請求をし、株式譲渡の承認手続きを得る必要があります。
多くの中小企業では、自社の株式が自由に売買されて会社に不利益やトラブルが起きないように、株式の売買に制限をかけるのが常です。この売買制限がかかった株式こそが、譲渡制限株式になります。
株式譲渡承認請求、およびその承認・非承認の手続きも、会社法でルールが定められているので注意しましょう。
③株主が分散していないか?
中小企業の場合、先代経営者の死去による相続で、株式が遺族に分散している場合があります。買い手としては経営権を100%取得したいですし、また、経営に関知しない少数株主が存在するのはあまり好ましくありません。
したがって、株主が分散している場合は、大株主であり株式譲渡の話を進めている当事者の現経営者に対し、株式の取りまとめ、またはほかの株主から委任状を取りつけることが要求されます。
なお、株式譲渡に同意しない少数株主がいる場合は、株式併合などスクイーズアウトの手法を用いれば、強制的に株式を買い取ることも可能です。
④株主が未成年者や成年被後見人に該当するか?
相続の状況によっては、株主の中に未成年者や成年被後見人が存在する可能性もあります。その場合は、法令にのっとった手続きが必要です。株主が未成年者の場合に株式譲渡を成立させるには、以下におけるいずれかの方法を取ります。
- 親権者または未成年後見人が未成年者に代わって手続きを行う
- 親権者または未成年後見人から同意を得て手続きを進める
次に、株主が成年被後見人の場合は、以下の方法が必須です。
- 成年後見人が成年被後見人に代わり手続きを行う
- その際に成年後見監督人がいる場合、その同意が必要
- 株式譲渡対価が高額であれば、事前に家庭裁判所への相談が必要
⑤株主が認知症に該当するか?
株主が加齢による認知症や事故などによる精神障害など、その判断能力に問題がある場合は、前項で掲載した成年被後見人の場合と同様の手続きを取ります。
なお、その株主が経営者または取締役だった場合、成年被後見人または被保佐人と認められることは、取締役の欠格事由に当てはまるため、自動的に退任扱いとなります。このことで株式会社の役員最低人数を満たさなくなる可能性があり、その確認と対応も必要になります。
⑥名義株が存在するか?
中小企業では、何らかの事情により実際の出資者と株主名簿の株主が異なることがあります。つまり、出資をしていないのに株主として名義を貸している状態のことで、その株式が名義株です。
名義株が存在すると通常の株式譲渡が実行できません。そこで、名義株の実態を確認したうえで処分することが必要です。名義株の確認には以下の方法を用います。
- 名義貸しの理由
- 名義株主に株券を交付していないことの確認
- 名義株主に配当を行っていない事実の確認
- 株主総会における議決権行使者名の確認
⑦行方がわからない株主がいるか?
株式譲渡実施の際に、連絡が取れない、行方がわからないといった株主がいるときは、これも特別な手立てが必要です。会社法では、所在不明株主の要件を満たせば裁判所の許可を得ることで株式譲渡ができます。
ただし、その要件を満たせないケースも多く、その場合は別の手立てを取るしかありません。考えられる主な手立ては、以下の3点です。
- スクイーズアウト(株式強制買取手段)
- 不在者財産管理人による株式譲渡代行
- 所在不明株主の株式扱いで売却または競売する
⑧従業員持株会の株式譲渡は必要か?
従業員持株会が所有する株式も譲渡対象とする場合は、以下のいずれかで株式譲渡が可能です。
- 従業員持株会を解散させて清算手続きを実施する
- 従業員持株会の会員全員から株式譲渡の同意を得る
従業員持株会の株式は会員の共有物であるため、会員全員からの同意を得る必要があります。
⑨株主が死亡した場合の取り扱いはどうするか?
仮に株式譲渡の交渉中に株主に死亡者が出た場合は、まず、該当する株式の相続者を明確にします。そして、その相続者により、会社に対して株主名簿の名義書換請求を行うことが必要です。その後、相続者が新たな株主となり、交渉の当事者となります。
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10. 株式譲渡によるM&A事例6選【2024年最新】
ここでは、実際に上場企業が行ったM&Aのうち、スキームとして株式譲渡が用いられた事例を紹介します。
- 歯愛メディカルとニッセンHDの株式譲渡
- スペースマーケットとスペースモールの株式譲渡
- 新日本製薬とフラット・クラフトの株式譲渡
- ダイベアとミッドテックの株式譲渡
- DTSとアイ・ネット・リリー・コーポレーションの株式譲渡
- さくらさくプラスとVAMOSの株式譲渡
①歯愛メディカルとニッセンHDの株式譲渡
まずは、歯愛メディカルとニッセンHDの株式譲渡をご紹介します。
株式譲渡側 | ニッセンホールディングス |
譲渡側事業内容 | カタログ通販やオンラインショップを運営する企業グループの管理 |
株式譲受側 | 歯愛メディカル |
譲受側事業内容 | 歯科医院や歯科技工所を中心に、各種医療機関への通信販売等 |
株式譲渡の詳細 | 普通株式 63,564,287株の取得 |
株式譲渡価額 | 合計(概算額) 4,199百万円 |
株式譲渡の目的 | 女性の持つ潜在ニーズに対応した事業の協働展開 |
株式譲渡実施月 | 2024年05月 |
②スペースマーケットとスペースモールの株式譲渡
次に、スペースマーケットとスペースモールの株式譲渡です。
株式譲渡側 | スペースモール |
譲渡側事業内容 | スペースの企画・運営、スペースの運営代行 |
株式譲受側 | スペースマーケット |
譲受側事業内容 | スペースシェアリングプラットフォーム「スペースマーケット」の運営 |
株式譲渡の詳細 | 全株式取得による完全子会社化 |
株式譲渡価額 | 非公開 |
株式譲渡の目的 | スペースマーケットにおけるスペース事業の拡大・拡張 |
株式譲渡実施月 | 2021年7月 |
③新日本製薬とフラット・クラフトの株式譲渡
次に、新日本製薬とフラット・クラフトの株式譲渡を紹介します。
株式譲渡側 | フラット・クラフト |
譲渡側事業内容 | 食品の輸入、卸および販売 |
株式譲受側 | 新日本製薬 |
譲受側事業内容 | 化粧品・医薬品・健康食品の開発・販売 |
株式譲渡の詳細 | 全株式取得による完全子会社化 |
株式譲渡価額 | 非公開 |
株式譲渡の目的 | フラット・クラフトの扱う商品獲得による事業領域拡大 |
株式譲渡実施月 | 2021年6月 |
④ダイベアとミッドテックの株式譲渡
次は、ダイベアとミッドテックの株式譲渡です。
株式譲渡側 | ミッドテック |
譲渡側事業内容 | 軸受旋削加工 |
株式譲受側 | ダイベア |
譲受側事業内容 | 各種ベアリングおよびベアリングに関連する製品の製造販売など |
株式譲渡の詳細 | 全株式取得による完全子会社化 |
株式譲渡価額 | 非公開 |
株式譲渡の目的 | ダイベアにおけるベアリング事業の基盤強化 |
株式譲渡実施月 | 2021年6月 |
⑤DTSとアイ・ネット・リリー・コーポレーションの株式譲渡
次に、DTSとアイ・ネット・リリー・コーポレーションの株式譲渡を見ていきましょう。
株式譲渡側 | アイ・ネット・リリー・コーポレーション |
譲渡側事業内容 | LAN・WAN ネットワークの設計・運用・管理を手掛けるシステム受託開発 |
株式譲受側 | DTS |
譲受側事業内容 | システムインテグレーションサービス、情報システムの設計・施行・開発・運用・保守など |
株式譲渡の詳細 | 全株式取得による完全子会社化 |
株式譲渡価額 | 非公開 |
株式譲渡の目的 | DTSにおけるネットワークビジネスソリューション事業の強化 |
株式譲渡実施月 | 2021年6月 |
⑥さくらさくプラスとVAMOSの株式譲渡
最後の事例は、さくらさくプラスとVAMOSの株式譲渡です。
株式譲渡側 | VAMOS |
譲渡側事業内容 | 学習塾VAMOSの運営、大学・高校・中学受験生に対する指導 |
株式譲受側 | さくらさくプラス |
譲受側事業内容 | 保育所の運営および保育所への利活用を想定した不動産の仲介・管理業務 |
株式譲渡の詳細 | 全株式取得による完全子会社化 |
株式譲渡価額 | 1億7,200万円 |
株式譲渡の目的 | グループ全体における教育事業対象年齢の拡張・拡充 |
株式譲渡実施月 | 2021年6月 |
11. 株式譲渡によるM&Aの相談先
株式譲渡はほかのM&A手法に比べて手続きが簡便で、法務局への申請手続きが必要ないことから、手続きに不備があるまま放置されてしまうケースがあります。また、譲渡側が同族企業の場合、株式譲渡価額の交渉に問題が生じる可能性も捨てきれません。
手続きに不備やトラブルがないよう進めるには、専門家のサポートがおすすめです。株式譲渡のご検討にあたりサポートのご依頼先にお困りでしたら、M&A総合研究所へお任せください。
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12. 株式譲渡によるM&Aのまとめ
株式譲渡とは、売り手側企業の株主が保有株式を買い手側に売却するM&Aスキームです。株式譲渡は、ほかのM&Aスキームに比べて手続きは簡便ですが、取引の相手探しから交渉・成約・クロージングまでの道のりは長く、専門的知識も欠かせません。
それらを滞りなく進めるには、初期段階から専門家のサポートを受けると安心です。無料相談などを活用し、自社に適したM&A仲介会社を選びましょう。
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