2023年11月01日更新
マルチプル法とは?企業価値方法としての採用メリット・計算方法・DCF法との違いなどをわかりやすく解説
M&Aでは企業価値の算定が欠かせません。そのための計算式にはさまざまなものがありますが、代表的な1つがマルチプル法です。マルチプル法の基本からメリット・デメリット、EBITDAなどの指標や具体的な算定方法などを解説します。
目次
1. マルチプル法とは
マルチプル法とは、企業価値・株式価値を算定する手法の1つです。マーケット・アプローチに分類される手法であり、客観的な数値が比較的簡単な計算式で算出できるため、M&Aの初期段階で活用されています。
M&Aの際に資産価値を評価するDCF(Discounted Cash Flow)法と、併用して活用されることが多い手法です。なお、マルチプルとは、特定の財務指標、および企業価値・時価総額を比べた際の倍率を意味します。
以下の動画では、M&Aアドバイザーが計算例を用いてわかりやすく解説しておりますので、ぜひご覧ください。
そもそも企業価値とは
企業価値評価(バリュエーション)とは、ひと言でいえば「会社の値段」のことです。「エンタープライズ・バリュー(Enterprise Value= EV)」と呼ばれることもあります。
企業価値評価は、M&Aでの価格交渉における判断基準の土台として用いられますが、そこで何を判断するかというと以下のとおりです。
- オファーする価額の検討(売り手側)
- 投資するべきか否かの検討(買い手側)
企業価値評価は以下のような場面でも活用されます。
経営において企業価値評価の重要性は高く、常に企業価値を高めなければなりません。企業価値評価の算定方法について、以下の動画でもくわしく解説しておりますので、ご参照ください。
マルチプル法の考え方
マルチプル法の根底にある考え方は、評価対象企業と類似する上場企業は、同じ企業価値・株式価値があるという要素から成り立っています。類似した複数の企業をピックアップし、各社の株価から事業価値や評価を簡単な計算式に当てはめ、平均値などを出す計算です。
この数値に評価対象企業の主要指数をかけ、企業価値を推定します。
マルチプル法の意味
マルチプル法の大きな特徴は、簡単な計算で比較的客観性の高い企業価値・株式価値を知れる点です。DCF法のように複雑な計算を必要としないため、M&Aを行う初期段階で活用されることが多くなっています。
なお、マルチプル法は、倍率法や乗数法と呼ばれることもある手法です。その理由は、マルチプルが「評価倍率」を意味するためであり、評価対象企業の企業価値を推定するために、類似企業の評価倍率を活用することからマルチプル法と呼ばれるようになりました。
2. マルチプル法のメリット・デメリット
マルチプル法を活用して、企業価値・株式価値を算出するうえで、知っておきたいメリット・デメリットを掲示します。
マルチプル法のメリット
マルチプル法のメリットは、簡単な計算式で算出できること、客観性の高い対象企業の評価価値がわかる点です。併用して活用されることの多いDCF法と比較すると、メリットがより明確になります。
DCF法は、将来的なキャッシュフローを現在の価値に割り引いて計算し、絶対的な企業価値・株式価値を求めるものです。したがって、高い確度の将来的なキャッシュフローが導き出せますが、複雑な計算が必要となります。
一方、マルチプル法は、複数選んだ類似企業の平均値から、相対的な企業価値・株式価値を簡単な計算式で導き出すことが可能です。株価は将来への期待も含めた数値という側面もあるため、株価を勘案するマルチプル法でも将来価値が予測できるといえます。
そのほか、マルチプル法では客観性の高い上場企業の企業価値を比較対象として用いることから、非上場企業でも正確な企業価値が算出できる点も魅力です。
マルチプル法のデメリット
マルチプル法のデメリットは、算出する人間の裁量が入る点です。複数の類似企業を選ぶ際、類似事例を選ぶ際、採用する株式価値の日時を決める際など、算出する人間の裁量が大きく関わってきます。つまり、マルチプル法のメリットの1つである高い客観性は、完全なものではありません。
あくまでも、高い客観性が保たれていると考えておくとよいでしょう。マルチプル法を用いる問題点として、株価が大きく変動しているときの数値は、マルチプル法の特性である客観性・相対性にそぐわないものであり、適しません。
株価が大きく変動することとなり、評価対象企業の経済的実態を適切に評価に反映することができなくなってしまいます。そして、マルチプル法最大の欠点は、類似企業が見つからなかった場合、マルチプル法そのものが用いられないことです。
3. マルチプル法で使われる指標と計算方法
マルチプル法を算定する際、「EBIT」「EBITDA」「PER」「PBR」といった指標が活用されます。ここでは、それぞれの意味や特徴、求め方を見ていきましょう。
EBIT(利払前・税引前利益)
EBITとは「Earnings Before Interest and Taxes」の略です。直訳すると「利息および税金控除前の収益」という意味になります。
EBITにおける利息とは、支払利息(借入金に対する利息)と受取利息(預金などに対する利息)を表し、EBITを求める際に支払利息から受取利息を差し引くものです。以下は、EBITの計算式になります。
- 税金控除前の収益+支配利息-受取利息=EBIT
EBITの用途は、借入金に対する利息を税金控除前の収益から除くことです。企業が借り入れている金額は、利益として計上されないため、あらかじめ取り除く必要があります。
起業したばかりの会社の企業価値を判断する際、主にマルチプル法を用いて、EBITにて支払利息を取り除いた利益を判断することが多いです。
EBITDA(利払前・税引前・償却前利益)
EBITDAとは「Earnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization」の略です。直訳すると「利息控除前の利益と減価償却費」という意味になります。EBITDAは、支払利息を除く前に減価償却費を加えて計算した指標です。以下はEBITDAの計算式になります。
- 利息控除前の利益+減価償却費=EBITDA
マルチプル法で使用されるEBITDAは、営業利益に対して、非資金損益項目である減価償却費を加えて計算するため、営業キャッシュフローもしくはキャッシュベースの利益として考えられます。
EBITDAマルチプルとは
企業価値(EV)をEBITDAで割る計算方式をEBITDAマルチプルといいます。この計算結果は「EV/EBITDA倍率」と呼ばれ、計算式は以下のとおりです。
- (株式時価総額+有利子負債-現金資産)÷EBITDA=EV/EBITDA倍率
算定された結果(=会社の収益力)が何倍であるかを比較することで、対象企業の価値を評価します。
PER(株価収益率)
PERとは「Price Earnings Ratio」の略です。直訳すると「株価収益率」という意味になります。PERは業績面を背景にして、株価の状況を判断する指標です。対象評価企業の市場価値を知れるため、マルチプル法と関連性が強い指標といえるでしょう。
なお、PERは、PBRとともに現在の株価を判断する際に重要視されています。PERの計算式は、以下のとおりです。
- 株価÷1株あたりの当期純利益=PER
PERは対象株式に投資を行った場合、どれくらいの期間で回収できるかを予測できます。PERの値が低いほど、現在の対象株価は割安であり、回収期間が短いと判断するでしょう。逆に、PERの値が高いと、投資金の回収まで時間がかかります。
PBR(価格簿価比率)
PBRとは「Price Book-value Ratio」の略です。直略すると「価格簿価比率」という意味になります。株価の純資産倍率を表す指標で、企業の純資産から株価の状態を判断するものです。
PERと同様に対象評価企業の市場価値を知れるため、マルチプル法と関連が強い指標といえるでしょう。以下は、PBRの計算式です。
- 株価÷1株あたり純資産=PBR
PBRは、現在の株価が対象評価企業の企業価値に対して割安か割高かを判断する指標となっています。PBRの値が低いほど、割安であると判断できるでしょう。
4. マルチプル法とDCF法との違い
マルチプル法とDCF法の大きな違いは、アプローチの体系です。マルチプル法は、株式市場における価格をベースにして、企業価値を算定するマーケット・アプローチに分類されるため、おおむね相対的な評価になります。
一方、DCF法は、将来的に期待される経済的な利益から、リスクや不安要素などを考慮して割引を行うインカム・アプローチであるため、絶対的な評価です。
マーケット・アプローチとは
マーケット・アプローチは、企業価値を算定する方法の1つです。特徴の1つに、算定する材料として現在の株価を使用することが挙げられます。現在の株価からは、対象企業へ向けられた市場の評価がわかるでしょう。
業種に対する展望なども加わるため、近未来の予測も加わっています。こうした理由から、現在の株価は買い手・売り手がさまざまな思惑の中で取引して決定されたものであり、それを使用して算定された企業価値は、客観的な市場の評価となるでしょう。
マーケット・アプローチを使用する場面は、簡単な計算式を使い手早く簡単に企業価値を算定したい場合です。
インカム・アプローチにおけるDCF法について
インカム・アプローチとは、将来的な収益として得られる利益を現在の価値に計算して還元し、企業・事業価値を算定する方法です。代表的な算出方法には、「DCF法」と「収益還元法」の2種類があります。特にDCF法は、M&Aにおける企業価値評価の算出方法でよく使われる評価基準です。
5. マルチプル法で調べられる価値
マルチプル法を用いて算定・評価できる主な価値には、以下の3種があります。
- 企業価値
- 株式の価値
- 投資価値
企業価値
元来、マルチプル法は企業価値評価のために確立された算定方式です。マーケット・アプローチとして客観性・相対性を持った評価を行えるマルチプル法は、特にM&Aにおいて、売買価額交渉のベースとなる企業価値を算定するのに重用されています。
ただし、前述したように、マルチプル法のみで判断するのではなく、インカム・アプローチであるDCF法などと併用することによって、より精度の高い企業価値評価を導き出せるでしょう。
株式の価値
株式の価値は株価のみでは決まりません。株価×発行株式総数で求められる時価総額が、株式の価値を左右します。マルチプル法の中でもEBITDAマルチプルでは、株式時価総額を用いて価値の算出を行うことにより、適正な株式価値の評価が可能です。
投資価値
マルチプル法で導き出される企業価値評価は、M&Aの買い手サイド、ベンチャーキャピタル、金融機関などの投資判断で重要な役割を持ちます。出資側は、マルチプル法で算定した企業価値と有利子負債を含む買収価額との比較で、割安か割高かを判断しています。
6. マルチプル法による企業価値・株式価値の算出方法
マルチプル法を用いて企業価値・株式価値を求めるときは、以下の順で算定します。
- 評価対象企業と類似している企業を選定する。
- ①の類似企業におけるマルチプルを算出する。
- 評価対象企業の財務諸表を把握する。
- 評価対象企業の企業価値・株式価値を算出する。
各項について簡単に説明します。
STEP1:類似企業の選定
まず、評価対象の企業と同業種、同規模、同地域などの類似企業を選定します。
類似企業は、業績、規模、成長性、リスク、業界動向などが類似していることが望ましいです。上場企業であれば正確なマルチプルを算出しやすいため、おすすめとなります。
STEP2:類似企業のマルチプルを算出
類似企業の財務指標から、評価対象の企業と同様のマルチプル(P/E比、EV/EBITDA比、P/BV比など)を算出します。マルチプルとは、企業価値を企業の財務指標で割った比率であり、同業他社の平均値を用いることが一般的です。
マルチプルの具体的な計算方法は、「マルチプル法で使われる指標と計算方法」にて先述した通りとなります。
STEP3:評価対象企業の財務指標を把握
評価対象の企業の財務指標(営業利益、純利益、EBITDA、自己資本比率、ROEなど)を把握します。
マルチプルにより算出する場合には、事前に把握しておくことが望ましいです。
STEP4:評価対象企業の企業価値・株式価値を算出
評価対象企業の財務指標を、決定したマルチプルで割ることにより、企業価値を算出します。
たとえば、P/E比を用いる場合は、評価対象企業の純利益を同業他社のP/E比で割ることにより、企業価値を算出します。
また、算出された企業価値は、評価対象企業の実際の価値とは異なる場合があります。そのため、評価対象企業の特性を考慮し、適切な調整を行います。たとえば、業績が急成長している企業は、同業他社の平均マルチプルよりも高いマルチプルを使用することがあります。
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7. マルチプル法の注意点
マルチプル法の注意点は、「どの類似企業を選定するのか」「どの数字を選定するのか」といった点について、機械的に選定することが難しい点です。
マルチプル法を活用して企業価値・株式価値を算出するには、裁量によるところが大きいため、絶対的な結論が導き出せません。M&Aでの企業価値評価の際は、マルチプル法のみで企業価値・株式価値を推計するのではなく、DCF法などを併用しましょう。
8. マルチプル法による企業価値の相談先
企業価値を正しく知っておくことは、M&A交渉を進めるうえで非常に重要であるため、専門家に依頼するのが得策です。企業価値評価のことでしたら、M&A総合研究所にご相談ください。無料で現在の企業価値の算定します。
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9. マルチプルの意味まとめ
マルチプル法は、メリット・デメリット、用途がはっきりしている手法であるため、M&Aのプロセスの中で活用されるシーンがわかりやすくなっています。簡単な計算や客観性の高さなど便利な面もありますが、裁量が大きく反映される面もあり、その他のアプローチ手法との併用が必須です。
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