2023年04月09日更新
創業者利益とは?上場・非上場の場合の比較や課される税金を解説
会社を起業した経営者にとっての大きなメリットは、創業者利益を得られることです。獲得できる多大な金額は、新たな目的のための資金になります。この創業者利益を得るための2つの方法であるIPOとM&Aについて、その内容を確認しておきましょう。
目次
1. 創業者利益とは
創業者利益とは、会社の創業者が、所有する自社株式を譲渡(売却)する際に得る譲渡(売却)益のことです。譲渡益とは、株式の売却額と創業者が事業資金として投資した株式資本の差額になります。
株式資本は、会社の規模や状態に影響されるため具体的な額は一概にはいえませんが、創業者利益として1つの会社の株式資本に匹敵する程度の資金を得られることは間違いありません。
創業者利益を得ることの意味
創業者利益は創業者がまとまった資金を得られるものですが、これは会社が高く評価されているからこそ獲得できるものです。会社を起業しても、成功するわけではありません。
失敗してしまえば存続すらも難しくなり、創業者利益の獲得どころか、投資資本の回収もできなくなってしまいます。創業者利益は、起業に関わるリスクを抱えながらも、チャレンジし成功させた創業者への見返りであるともいえるでしょう。
2. 創業者利益を得る目的・メリット
株式譲渡(売却)によって得られた創業者利益は、さまざまな形で活用が可能です。ここでは、創業者利益の一般的な目的を紹介します。
- 起業当初からの目的
- 新規の事業資金として
- セミリタイアを行うため
- 廃業を避けるため
- 負債からの解放
①起業当初からの目的
創業者利益としてまとまった資金を得ることを目的に、起業段階からM&Aによる会社売却を想定している創業者もいます。
ベンチャー企業やスタートアップは、革新的な技術の確立や新たなビジネスモデルの構築を目指す企業です。その性質上、M&A(会社売却)やIPO(株式上場)を実施するまで、投資資本の回収や大きな利益は得にくいといえるでしょう。
いくつもの事業を連続して立ち上げる連続起業家(シリアルアントレプレナー)の存在もあります。事業の立ち上げと売却を繰り返し行い、創業者利益の獲得と経営ノウハウの蓄積を両立させています。
②新規の事業資金として
M&A・IPOによって獲得した創業者利益を、新たな事業への資金とする使い方もあります。ゼロから事業を立ち上げようとすると、直面するのが資金問題です。
金融機関からの融資を受ける方法は、創業者の個人保証や担保を提供する必要があり、事業が失敗したら個人資産も失ってしまうリスクを抱えます。しかし、手元に創業者利益があれば融資を受ける必要もなく、新規事業の立ち上げに関するリスクを1つ排除できるでしょう。
③セミリタイアを行うため
創業者利益を、今後の生活資金に充てる選択もあります。仕事に追われる生活から解放されたり、精神的な余裕を持てたりするのがセミリタイアです。
資産規模によっては生活を切り詰めなければならない可能性もありますが、一般的な創業者利益の金額ならば、資金が底をつくことはめったにありません。獲得した創業者利益を資産運用に回すことで一定の収入を得つつ、セミリタイアを実現させる創業者もいます。
④廃業を避けるため
会社を廃業する場合、保有する資産は処分価額で評価され、売却額は大幅に目減りします。場合によっては処分価額よりも借入金が上回ってしまい、創業者利益どころか負債を抱えてしまうかもしれません。
資金問題のほかにも従業員の雇用先確保などの問題もあり、創業者としては可能な限り廃業は避けたいのが本音でしょう。M&Aによる会社売却であれば、時価で評価されるうえに営業権も上乗せされるため、適正な売却益を得られます。
⑤負債からの解放
M&Aで株式譲渡(会社売却)を行うと、買収側は資産とともに負債も承継することになります。会社の借入金や経営者の個人保証・担保などから解放され、引退後の生活も安心して送ることが可能です。
これを廃業と比較してみると、得られる売却益も少なく、負債も自身で清算しなければなりません。株式譲渡によるM&Aは、創業者利益の獲得と負債からの解放を両立した手法だといえます。
3. IPO(株式上場)した場合の創業者利益
IPO(株式上場)の厳しい審査基準をクリアした上場会社は、社会的信用が高く、資金調達などの面で大幅なアドバンテージを得られます。では、IPOの場合、得られる創業者利益には、どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。それぞれ解説します。
メリット
IPOの主なメリットには、以下の2点が挙げられます。
- 株価上昇による株式資産の価値向上
- 多額の資金を基にこれまで以上の業績拡大を果たせば、さらなる株価上昇による資産価値向上が可能
上場を果たすと株価が上昇して、保有する株式の資産価値は飛躍的に向上します。上場前の価額とは比べものにならないレベルで上昇するのが常ですから、創業者にとって大きな財産となるのは必須です。
上場し一般株主に株式が購入されることで、会社には以前と比して莫大な資金が集まります。その資金を有効に活用し事業に役立てれば、会社の業績をより拡大できるでしょう。業績の拡大は株価の上昇を促しますから、創業者が保有する自社株の資産価値はさらに向上が可能です。
デメリット
IPOでは、主に以下のようなデメリットが懸念されます。
- 準備に膨大な手間と時間がかかる
- 上場・継続コストの発生
- 買収リスクが存在する
- 引退まで株式を現金化(売却)できない
株式上場の準備に要する手間と時間は、生半可なものではありません。そのうえ、監査法人や証券会社の審査料・コンサルティング料がかかります。しかも、上場時だけではなく上場後も継続して発生する費用も多くあるため、株式上場・維持コストがかかることはデメリットです。
上場後、誰でも証券取引所で株式を自由に売買できることは、そこに買収リスクが伴うことも意味します。仮に過半数の株式をひそかに取得されてしまえば、他者に経営権を握られてしまうでしょう。
経営権の観点からいえば、創業者が保有している株式は簡単に手放せません。せっかく資産価値が上がった保有株式ではあるものの、それを売却し現金化できるのは会社経営から身を引くときまで待たねばならないでしょう。
4. M&Aで会社売却した場合の創業者利益
創業者利益は上場しないと得られない印象を持たれることも多いです。しかし、非上場会社でも株式を売却できます。ここでは、非上場会社がM&Aで株式譲渡(会社売却)して得られる、創業者利益のメリット・デメリットを確認しましょう。
メリット
M&Aの主なメリットは、以下の点です。
- 株式譲渡の手続きが簡単
- 売却益を現金として獲得できる
非上場会社がM&Aをする場合、株式譲渡を用いるケースが多いです。株式譲渡は、株式売却をもって経営権を丸ごと移転するため、ほかのM&A手法と比較すると手続きが簡単にすみます。IPOとの比較でも断然、M&Aで会社売却するほうが手続きは簡易です。
IPOでは上場後、気安く株を売却できませんが、M&Aで会社売却するケースでは、即時で現金を獲得できます。資産額としてはIPO後の株式価値の方が価額は上である可能性は高いですが、自由に使える現金を即入手できる点は、M&Aで会社売却する大きなメリットです。
デメリット
M&Aでの主なデメリットとして、以下の点は否定できません。
- M&Aによる売却額のほうが少ない
- 経営権は完全に失われる
IPOと違ってM&Aによる会社売却は、買収相手との交渉によってのみ売却価額が決定します。場合によっては、創業者が思うほどの金額には至らないかもしれません。IPOで飛躍的に向上する株価の上昇と比べると、M&Aによる売却額のほうが少ないことも大いに予測されます。
IPOとM&Aの決定的な違いとして、M&Aでの株式譲渡によって、会社の経営権は完全に失われる点です。経営責任者・担当者として会社に残ることは可能ですが、従前のような決定権を持っては会社の経営に臨めません。
5. 創業者利益に課される税金
創業者利益とは、税法上では株式譲渡を行った個人の譲渡所得をさします。この譲渡所得は分離課税であり、総合課税ではありません。ここでは、株式譲渡所得の税率や計算方法を掲示します。
税率
株式譲渡所得の課税内容は、2022(令和4)年8月現在、以下のようになっています。合計20,315%の税率です。
- 所得税:15%
- 住民税:5%
- 復興特別所得税:0.315%(2037(令和19)年までの時限税)
算出方法
会社創業者の株式譲渡所得(税法上の創業者利益)は、以下の計算式で求めます。
- 株式譲渡所得=譲渡価額-(出資額+株式譲渡実施時の手数料)
出資額は、1人で創業したケースであれば会社の資本金額が該当します。株式譲渡実施時の手数料とは、たとえば、M&A仲介会社などに支払った手数料などです。支払った消費税分も含めて計算します。
この計算で算出した株式譲渡所得額に20,315%を掛けた数値が、納付する税額です。総合課税ではないため、納付の際は確定申告が必要です。
6. 創業者利益の獲得を目指す際の準備
株式売却によって創業者利益の獲得を目指すためには、まず会社を育てる必要があります。それは、譲渡先に魅力的な会社・事業だと判断してもらえなければ、高額売却できないためです。
タイミングを見計らうことも重要といえます。株式資本は会社の状態だけではなく、業界動向によっても大きく左右されるものです。企業再編が活発な業界であれば高額で売却できる可能性も高く、タイミングは重要といえるでしょう。
その絶好のタイミングは、業種によって異なります。たとえば、2020(令和2)年以前の建設業界では、東京オリンピック関連の事業需要に向けて人材確保を目的としたM&Aが活発化しました。業界全体で需要が増した状態であり、売り手市場だったといえるでしょう。
M&Aでより多くの創業者利益を獲得できるよう、タイミングを逃さないためには、早い段階から会社売却について意識を向けておくことが大切です。
7. 創業者利益の獲得により会社に起こる変化
創業者利益は、創業者個人が享受できるものです。その一方で、会社に与える影響はどのようなものがあるのでしょうか。ここでは、創業者利益の獲得に伴う影響や創業者利益の活用法などを見ていきます。
- 経営難の解消
- 従業員の雇用を確保
- 事業を存続させる
①経営難の解消
全株式を売却するのではなく一部の株式を売却する場合、創業者利益を事業資金に充てることで、経営状況を立て直すことも可能です。たとえば、事業に必要となる設備を整えたり、新たな人材を確保したりとさまざまな形で活用できます。
株式の売却であれば、外部からの借入によって負債を抱えることもありません。持分比率に注意していれば経営権を失うこともないため、経営難の解消方法として有効です。
②従業員の雇用を確保
株式譲渡によるM&Aでの会社売却は、従業員の雇用先の確保にもつながります。株式譲渡は経営権の移転が行われるだけなので、従業員はそのまま雇用されるケースがほとんどです。
そもそも買収側も人材確保を目的としていることが多く、人的資産も加味されたうえで企業価値が評価されるので、株式譲渡後に従業員を解雇することはほとんどありません。創業者だけが売却益を獲得して、従業員は失業してしまうような事態にはならないでしょう。
③事業を存続させる
従業員の雇用先の確保と同様に、事業も存続させられることになります。経営権の移転に伴い、細かな経営方針の変更がなされることもありますが、手掛けている事業は存続するケースがほとんどです。
長い年月をかけて手掛けてきた事業を廃業することなく、従業員とともに承継されることになります。
8. 創業者利益を獲得する流れ
IPOの場合、創業者利益を獲得する手段は、上場後に証券取引所で所有株式を売却するだけであり、その手続き自体はいたって簡単です。
一方、非上場会社がM&Aで株式譲渡する場合、株式が「譲渡制限株式」のことも多く、自由に売買できる類のものではありません。ここでは、非上場会社の株式譲渡について、その手続きの流れを掲示します。
- 株式譲渡承認請求
- 取締役会・臨時株主総会の開催
- 株式譲渡の承認通知
- 株式譲渡契約の締結
- 株主名義書換請求
- 株主名簿記載事項証明書の交付請求
- 株式譲渡の完了
①株式譲渡承認請求
非上場会社の株式は譲渡制限株式のことが多く、その場合、自由に売買できません。株式譲渡承認請求を行い、株式譲渡について会社からの承認を得る必要があります。
株式譲渡承認請求では、「譲渡する株式種類と株式数」「譲渡先」などを記載して提出しますが、承認するのは経営者自身(正確には取締役会または株主総会)となるため、特に問題はないでしょう。
②取締役会・臨時株主総会の開催
続いて、提出された株式譲渡承認請求の決議を行う場を設けます。取締役会設置会社なら「取締役会」、取締役会非設置会社なら「臨時株主総会」の開催が必要です。
③株式譲渡の承認通知
取締役会や臨時株主総会で、株式譲渡承認請求が承認された場合、株式譲渡を請求した株主に対して株式譲渡が承認された旨を通知します。仮に決議で否決された場合は、承認請求日より2週間以内にその通知を行わなければなりません。
通知がない場合は、株式譲渡が承認された扱いになります。
④株式譲渡契約の締結
次のプロセスとして、譲渡側と譲受側による株式譲渡契約が締結されます。これは正式な契約であり、「譲渡株式数」「対価」「表明保証」など、法規にのっとり記載すべきものを明示することが必須です。
株式譲渡契約を締結すると、譲渡側は株式の譲渡義務と対価の取得権利を、譲受側は株式を譲り受ける権利と取得対価の支払い義務が発生します。
⑤株主名義書換請求
株式譲渡契約の締結によって株式の売買を行ったら、譲渡側と譲受側が共同で株主名簿の書き換えを請求します。株式を譲渡しただけでは株式譲渡は完了しません。株主名簿に記載されることで初めて、株主としての地位が保証されます。
⑥株主名簿記載事項証明書の交付請求
株主名簿記載事項証明書とは、株主名簿から対象株主に関する記載事項を抜粋して交付する書面をいいます。これは、名簿が正しく書き換えられているか確認するために、譲受側の請求を受けて会社が発行・提出するものです。
譲受側より請求されない場合は、発行・提出する必要はありませんが、請求された場合は速やかに対応しなければなりません。
⑦株式譲渡の完了
以上の流れで、譲渡制限株式の株式譲渡手続きは完了となります。取得対価も支払われ、創業者利益を獲得している状態です。
9. 創業者利益を保護する契約
会社を起業する際、2人以上の複数のメンバーで資金を出し合って始めることはよくあります。その創業メンバーの誰かが、何らかの理由により途中で会社を去ることになった場合、トラブルが発生することも少なくありません。このトラブルを防ぐために締結しておくべきなのが、創業株主間契約です。
創業株主間契約とは
創業株主間契約とは、複数の創業メンバーがいる場合に、その中の誰かが会社を去る際には、所有している会社の株式の売却を定めるものです。売却相手は、それぞれの契約によりケースバイケースですが、以下のいずれかが一般的でしょう。
- 会社
- 会社の代表者
- 複数の創業メンバーが残っている場合、各人が均等数を買取る
上記以外に記載すべき条項は、買取対価と競業避止義務です。買取額は、出資時の金額か簿価とするのが無難でしょう。時価としてしまうと以下の問題が起こり得ます。
- 非上場企業では時価の算定のために専門家を起用するなどの手間とコストが発生
- 業績が良い場合、高額となる可能性
けんか別れによる退職の場合、元創業メンバーが競合会社を立ち上げる可能性もあります。全面的な禁止は難しくとも、何らかの競業避止義務も契約に盛り込んでおきましょう。
創業株主間契約の必要性
創業株主間契約を締結していなかった場合に起こり得る具体的な問題を確認することで、創業株主間契約の必要性を認識しましょう。創業株主間契約を締結していなかった場合に発生する可能性のある問題には、以下のようなものがあります。
- 離脱した元創業者が株式の買取りに応じない
- 連絡先がわからなくなり株式の買取り交渉ができない
- 株式の買取価額で合意できず買取りが行えない
- 総株主の合意が必要な手続きがある場合、それを実行・決議できない
- 離脱した元創業者の株式所有比率によっては、株主総会の特別決議や普通決議も可決できない
- 離脱した元創業者の意思次第では、株主総会の妨害行為が可能
- 自社のノウハウや技術を流用した類似企業・競合会社が起業される
以上のようなトラブルが発生すると、会社の業績にも悪影響が出ます。複数の人間で共同により企業をする場合には、創業株主間契約を締結しましょう。
10. 創業者利益を目指したM&Aの相談先
M&Aで創業者利益を最大限まで引き上げようとすると、会社の経営状況や業界の動向を加味したうえで、絶好のタイミングで会社売却をする必要があります。この見極めは経営者が普段の経営と並行して行うのは難しいため、専門家からサポートを受けるのがおすすめです。
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11. 創業者利益のまとめ
創業経営者が所有する株式を売却することで得られる売却益は、非常に高額になる可能性があります。起業段階から保有している株式であれば投資資本の何倍にも成長していることも多く、創業者に大きな利益をもたらしてくれるでしょう。
創業者利益の獲得手段としてIPOとM&Aがあります。IPOを狙える中小企業は限られますが、M&Aであれば、どの企業でも実現可能です。本記事で挙げたポイントを実践し、適格なタイミングでM&A(株式譲渡)を実行できれば、高額の創業者利益を獲得できるでしょう。
本記事の概要は以下のとおりです。
・創業者利益を得る目的・メリット
→起業当初からの目的、新規の事業資金、セミリタイア、廃業を避ける、負債からの解放
・IPOのメリット
→株価上昇による株式資産の価値向上
→多額の資金を基にこれまで以上の業績拡大を果たせば、さらなる株価上昇による資産価値向上が可能
・IPOのデメリット
→準備に膨大な手間と時間がかかる、上場とその維持コストの発生、買収リスク、引退まで株式を現金化できない
・M&Aのメリット
→株式譲渡の手続きが簡単、売却益を現金として獲得
・M&Aのデメリット
→M&Aによる売却額のほうが少ない、経営権は完全に失われる
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