融資による株式買取資金の調達は危険?M&A・事業承継時の注意点とは

取締役 営業本部長
矢吹 明大

株式会社日本M&Aセンターにて製造業を中心に、建設業・サービス業・情報通信業・運輸業・不動産業・卸売業等で20件以上のM&Aを成約に導く。M&A総合研究所では、アドバイザーを統括。ディールマネージャーとして全案件に携わる。

M&A・事業承継の際、金融機関などからの融資によって株式買取資金を調達することがありますが、これは経営者や後継者にとって理想的な手段といえるのでしょうか。本記事では、M&A・事業承継時の株式買取資金の融資に関する危険性や注意点を解説します。

目次

  1. 融資による株式買取資金の調達は危険?
  2. 融資による株式買取・M&A・事業承継の資金調達の注意点
  3. 融資で株式買取・M&A・事業承継時に資金調達すべきか
  4. 資金調達が難しい場合に考えるべき「所有と経営の分離」とは
  5. 融資による株式買取・M&A・事業承継の資金調達まとめ
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1. 融資による株式買取資金の調達は危険?

近年、中小企業の経営者の高齢化や後継者の不在が深刻化しており、廃業する中小企業の数が急増しています。赤字経営だけでなく黒字経営の企業であっても、後継者不在により廃業せざる得ない状況に追い込まれています。

事業承継の障害には、資金的な問題もあるでしょう。中小企業の廃業を回避するためには、次の世代に経営や資産を引き継がなくてはなりません。親族以外が後継者の場合、株式会社の事業承継は株式譲渡で行われるため、株式買取資金が必要になります。

後継者の手持ち資金が足りない場合、基本的に株式買取資金を融資で調達しなければなりません。この章では、株式譲渡や株式買取資金の融資などに関して解説します。

株式譲渡とは

株式譲渡とは、株式を譲渡することで経営権を承継させる手法です。株式会社は、株式の保有率に応じて経営に対する影響力を持つため、経営者が持つ株式を後継者に引き渡すことで事業承継できます。

中小企業の場合、株式譲渡契約書の締結や株式名簿の書き換えなどでプロセスが完了するため、非常に手続きは簡便です。中小企業では、経営者が株式の大半を保有しているケースも多く、株式譲渡が最適なスキームといえるでしょう。

株式譲渡が会社に与える変化は株主の変更のみであり、会社の資産・負債や契約・許認可などは全て引き継がれるため、社内環境はそのままで現経営者のポストに後継者がおさまることになります。

事業承継とは

事業承継とは、後継者に会社の経営や事業の運営を引き継ぐことです。事業承継は、後継者の立場の違いにより、以下の3種類に分けられます。

  • 親族内承継:現経営者の親族(子ども、配偶者、兄弟姉妹、甥姪、子どもの配偶者など)が後継者となる事業承継
  • 社内承継:会社の役員や従業員が後継者となる事業承継
  • 第三者への事業承継:M&Aなどにより親族外・社外の第三者が後継者となる事業承継

経営者の引退時に後継者が不在であれば、たとえ黒字経営であったとしても、会社は廃業せざるを得ません。

事業承継で引き継ぐもの

事業承継で後継者に引き継がれるものは、会社の経営権・支配権です。具体的には、株式会社であれば、株式の引き渡しを意味します。株式会社の重要な経営方針は全て株主総会で決まるため、その議決権である株式の所有数が重要です。以下で、株式の所有割合と影響力を示します。

  • 3分の1以上:特別決議を否決できる
  • 過半数:普通決議を可決できる
  • 3分の2以上:特別決議を可決できる

以上のことから事業承継は、後継者は少なくとも3分の2以上の株式を引き継がなければ安定した経営が行えません。

株式買取資金の計算方法

上場企業の株式であれば、株式市場を見れば株価は明白であり、買取額もすぐ計算できます。しかし、非上場の中小企業の場合は、そうはいきません。特別な計算式を用いて企業価値を評価し、株式買取額を算定することが必要です。

企業価値評価のことをバリュエーションともいいますが、バリュエーションには多数の計算方法が確立されています。それらの計算方法は3つの体系に分類されており、その概要は以下のとおりです。

  • コストアプローチ:純資産額をベースに企業価値を算定する。客観性は高いが将来性が加味されていない。
  • マーケットアプローチ:業種や規模が類似する上場企業の株価や類似する過去事例を参照して算定する。類似企業・事例が見つからないと算定が成立しない。
  • インカムアプローチ:中期事業計画をベースに企業価値を算定する。将来性は反映されるが計画内容次第で結果が変動する。

これらの計算方法を用いて必要な株式買取資金を割り出すためには、公認会計士やM&Aアドバイザーなどの専門家依頼するのが一般的です。

株式買取資金不足時の解決策

株式買取資金不足時、金融機関やファンドなどからの一般的な融資とは別の借入方法があります。それは、中小企業の円滑な事業承継実現のために2008(平成20)年5月に制定された「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」を活用する方法です。

「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」は、通称、経営承継円滑化法と呼ばれます。経営承継円滑化法に定められている金融支援を活用することで、特例の融資を受けることが可能です。

経営承継円滑化法の金融支援

経営承継円滑化法では、事業承継やM&Aでの株式買取資金の金融支援として、以下の特例措置を受けられます。ただし、前提条件として、各都道府県の担当課に申請書を提出し、都道府県知事の認定を得なければなりません。

  • 融資:日本政策金融公庫法または沖縄振興開発金融公庫の特例融資を受けられる
  • 信用保証:金融機関から融資を受ける際に信用保証協会の通常保証枠とは別枠の保証が得られる

経営承継円滑化法の金融支援を受けられる対象は、中小企業経営者、個人事業主、事業を行っていない個人です。

株式買取資金の融資先

株式買取資金の融資先は、M&Aの買い手や事業承継における親族内承継以外の後継者になります。M&A・事業承継の対象企業の価値に応じて株価が決まるため、買い手や後継者は相当する株式買取資金が必要です。

買い手や後継者は、今後の返済計画や事業計画を綿密に策定し、金融機関に審査を依頼することになります。厳しい審査の結果、返済能力があると認められれば、株式買取資金に必要な融資を受けられるでしょう。

事業承継は株式を無償譲渡するケースもありますが、その場合は贈与税が発生するので、税金負担を抑えるためには税務関連の知識が必要になります。

銀行が提案する株式買取とは

事業承継の株式買取資金に悩む後継者に対して、銀行などの金融機関は持株会社化による事業承継を提案することがあります。後継者が持株会社を新規設立し、その持株会社が銀行から融資された株式買取資金で株式を買い取って、事業会社の経営権を取得する方法です。

持株会社は事業会社と親子関係になるため、事業会社の利益の一部を配当金として受け取れるようになります。事業会社から受け取る配当金は、株式買取資金の返済にあてることが可能です。

一見すると自らの利益で返済する真っ当な方法ですが、借入金を完済するには税引後利益であるため、借入金総額の2倍相当の利益を計上する必要があります。銀行は融資業を仕事としているため、常に資金未回収リスクの低い融資先を探しているものです。

優良な経営資源を持ちながら株式買取資金に悩んでいる中小企業は、銀行にとって理想的な融資先といえますが、この提案を受けて事業承継を実施する場合は、借入金の返済負担が大きくなる傾向にあります。

事業承継後の資金繰りが悪化して事業資金が不足するなどの事態も想定されるので、慎重に検討する必要があるでしょう。

融資による株式買取が行われる状況

融資で株式買取資金を調達する状況は、社内承継を行う場合です。社内承継とは後継者を社内の役員や従業員から選任する方法であり、親族内に後継者がいない場合に使われることが多くなっています。

社内承継は有償譲渡が一般的なので、相続税が不要になる一方で株式買取資金が必要です。1人の役員や従業員が、一企業の価値に相当する資金を所有していることはめったにないため、融資で株式買取資金を調達することになります。

しかし、後継者個人が巨額の負債を抱えることは現実的ではありません。金融機関からの融資を受けられる保証もないので、個人の承継は1つの手段として存在するものの、実際に実施されるケースは極めてまれといえるでしょう。

社内承継が実施されるとすれば、複数の役員が共同で株式を買い取る形式です。この方法であれば個人の負担が軽減できるほか、事業計画に現実味が増すので金融機関からの融資も格段に受けやすくなります。

親族内承継で複数の相続人に分散した株式を買い取るケースもあるでしょう。株式が分散すると経営権を集中できないため、相続後にあらためて株式を買い取る形になります。

融資による株式買取資金調達の危険性

融資で株式買取資金を調達すれば事業承継自体は完遂できますが、返済に追われて資金負担が過大になる危険性もあります。特に、事業承継直後は経営を安定させるための大事な時期であり、何かと資金が必要になる場面も多いため、高額返済は経営を圧迫させる要因になるでしょう。

金融機関からの融資を受ける場合、経営者の個人保証・担保を提供することが一般的です。中小企業は社会的信用面で劣る部分があるので、事業に失敗した場合は担保で弁済させることにしています。

企業が成長するためにはリスクを取ることも大切ですが、個人保証・担保を提供していると積極的な挑戦がしにくくなるものです。事業承継の時点で個人保証・担保を提供している状態は、経営者として頭の痛い問題といえます。

【関連】M&Aのための資金調達とは?経営者に必要な基本知識と方法を紹介【図解】| M&A・事業承継ならM&A総合研究所

2. 融資による株式買取・M&A・事業承継の資金調達の注意点

M&A・事業承継の株式買取資金を融資で調達する場合、いくつか注意すべきポイントがあります。特に意識しておきたい注意点は以下の4つです。

  • 借入金には支払いの義務が発生する
  • 思うように株式買取が進まない可能性
  • 融資先からの情報を自分で精査する
  • 専門家に相談する

借入金には支払いの義務が発生する

株式買取資金を融資で補った場合、借入金を返済する義務が課せられます。借入金ゼロの企業が必ずしも健全な経営状態であるとは限りませんが、いずれは返済しなくてはならないものです。元本の返済だけでなく利息の支払いも必要になります。

最終的に支払う金額は融資総額を上回るため、金銭的な負担が増加し、企業成長を妨げる要因になりかねません。銀行が融資を決断する場合、企業に成長性や支払い能力があることを認められた証明でもありますが、返済に追われて事業を行えないのでは本末転倒です。

自分自身で冷静に返済計画を見直しておく必要があります。

思うように株式買取が進まない可能性

株式買取資金の融資では、株式買取が進まない可能性もあります。金融機関からの融資を受ける条件は、債務者に返済能力があることが大前提となるため、返済能力や事業計画に難があると判断されると融資を受けられません

融資を受けられない場合、株式買取資金が不足して事業承継できなくなる事態も考えられます。その場合は、融資以外の資金調達を検討するなどして、株式買取資金を調達しなくてはなりません。

融資以外に株式買取資金を調達するあてがない場合、再び融資の申し込みをする必要があります。事業承継計画を見直して、計画性や返済能力があることを銀行に示さねばなりません。

融資先からの情報を自分で精査する

M&Aであれば、第三者である買い手が金融機関から融資を受けて株式買取をすることになります。買い手側に何も問題がなければ、予定どおりにM&Aを実施できるでしょう。

しかし、計画に何かしらの欠陥があると株式買取資金を調達できなくなる場合もあり、交渉が白紙になってM&Aに向けて進めてきた準備が徒労に終わるおそれもあります。

このような事態を避けるためには、買い手が株式買取資金を調達できるか事前に精査しておくことが大切です。企業としての信用力や、銀行から融資の承認を受けているか事前確認するなどの対策が必要になります。

専門家に相談する

ここまでの3つの注意点全てを自力で補おうとすると、大変な労力が必要になります。特に、M&A相手の情報精査は、交渉相手の立場上から容易にできることではないため、M&Aの専門家に任せるのがおすすめです。

さまざまなM&Aの専門家が存在しますが、特におすすめの相談先はM&A仲介会社になります。M&Aの専門家として豊富な経験を積んでいるため、融資による株式買取資金に関するして有用なアドバイスを受けられるでしょう。

M&Aのご相談はM&A総合研究所へ

M&A総合研究所は、M&A・事業承継の仲介を手掛けるM&A仲介会社です。主に中堅・中小規模の案件を扱っており、中小企業のM&A・事業承継仲介における豊富な実績があります。

過去のM&A仲介・相談で数多くの企業の会計・財務を見てきたM&Aアドバイザーによる、最適な株式買取資金の調達プランの提案が可能です。株式買取資金の調達には、融資以外にも増資の手段もあります。

企業の状況次第では増資を選択する方が良い結果が得られる可能性もありますので、選択肢を広げておくのがおすすめです。無料相談を24時間お受けしておりますので、M&A・事業承継をご検討の際は、お気軽にご相談ください。

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3. 融資で株式買取・M&A・事業承継時に資金調達すべきか

M&A・事業承継の際、株式買取資金の融資を受けるべきかどうかは、用いる手法や状況によって変わります。この章では、各手法の状況を踏まえながら、融資の正当性を確認しましょう。

親族内事業承継の場合

親族内事業承継は、相続や贈与など無償譲渡が一般的であるため、基本的に株式買取資金は不要です。ただし、事業承継の際に複数の相続人に株式が分散した場合は、株式を買い戻すために株式買取資金が必要になることがあります。

株式分散によるデメリットは、経営の意思決定に支障が出る可能性があることです。経営者以外に株主が存在することになるので、経営者の一存で経営方針を決定できなくなるおそれもあります。

中小企業にとって、所有と経営の一致は大きな強みでもあるので、可能であれば分散した株式を買い戻して全株式を保有している状態にしたいところです。この場合は、融資を受けた際の返済負担と株式分散のデメリットを天秤にかけて検討することになるでしょう。

社内事業承継の場合

社内事業承継は、親族ではない他人に承継するので、株式を無償で譲り渡すのは難しく、有償譲渡になるのが一般的です。後継者は、経営権を取得できる分の株式を有償で取得しなければならないので、相応の株式買取資金が必要になります。

金融機関からの融資を受ける場合、借入金を完済するまで元本と利息を支払い続けるのは必至です。計画性が伴わないと返済に追われて資金不足になる恐れがあるため、事業承継後の事業計画や返済スケジュールを綿密に策定しなくてはなりません。

社内事業承継を無償譲渡で実施することも不可能ではないですが、後継者に資力がない理由で無償譲渡にすると周囲から不平不満がでるおそれもあります。

後継者が株式買取資金の融資を受けずに事業承継しなかった場合、後継者候補が他にいなければ会社は廃業危機です。社内事業承継では、多額の返済負担を負ってまで会社や事業を引き継ぐ覚悟が後継者にあるかどうか問題になります。

M&Aの場合

M&Aによる買収を行う場合は、株式買取資金の調達方法として融資以外に増資の手段があります。増資は、新規株式を発行する代わりに返済義務のない資本金を確保する方法です。中小企業が使える増資手段には第三者割当増資があります。

審査を受ける必要がなく短期間で資金調達できるメリットがある反面、株式の希薄化により既存株主から不満が募る可能性がある点がデメリットです。第三者割当増資と金融機関からの融資のそれぞれのメリット・デメリットを比較して、自社に合う方法を選択することになります。

【関連】第三者割当増資とは?株価への影響、メリット・デメリット、手続きを解説【事例付】| M&A・事業承継ならM&A総合研究所

4. 資金調達が難しい場合に考えるべき「所有と経営の分離」とは

所有と経営の分離は、企業が資金調達を行う上での一つの解決策として考えることができます。

株式公開を行うことで、多くの投資家を対象とした広範な資金調達が可能になります。また、株式公開によって企業価値が明確になり、株主の目的に沿った経営が行われることが期待されます。株主は経営に対して監視権を持つため、経営者の独断、独走を防ぐことができます。

所有と経営の分離は、企業の健全性を構造的に保つことができるため、資金調達が難しい場合には、株式公開などを通じて所有と経営を分離することも検討されるべきです。

「所有と経営の分離」のメリット

所有と経営の分離は、企業に多くのメリットをもたらします。

まず、株主が経営を常に監視することができるため、スキャンダルの予防やコーポレートガバナンスの強化が期待できます。また、所有者は資金調達に専念し、経営者は経営に集中することができるため、双方の強みを最大限に活用して、企業のパフォーマンスを向上させることができます。

経営能力を最大限に発揮するためにも、「所有と経営の分離」が有効的です。

「所有と経営の分離」のデメリット

所有と経営の分離には、デメリットも存在します。

その一つが意思決定のスピード感が損なわれることです。所有と経営が分離すると、株主からの意見を無視できなくなります。そのため、株主総会などで調整する必要が生じ、意思決定のプロセスに時間がかかることがあります。結果、中小企業が持つスピード感を失うことに繋がり、市場変化への適応力が低下する恐れも生じます。

また、所有と経営の分離により、経営者のモチベーションが低下することもあります。企業価値を高めたとしても、経営者にとっての還元が少なくなるためです。経営者のモチベーションが下がることは、従業員にも悪影響を与える可能性があります。

5. 融資による株式買取・M&A・事業承継の資金調達まとめ

M&A・事業承継時の株式買取資金は融資で調達できますが、返済負担の増加や融資を受けられないなどのリスクもあり、M&A進行や事業展開に悪影響を及ぼす可能性もあるため、具体性のある計画が必要です。

株式買取資金に関する問題は、M&Aの専門家に相談すると新たな可能性が見えてくることもあるので、早期に信頼できる専門家に相談しておくと、選択の幅を広げられるでしょう。本記事の概要は、以下のとおりです。

・M&A・事業承継の株式買取資金のまとめ
→M&A・事業承継の手法は株式譲渡が一般的
→株式譲渡は株式買取資金が必要

・融資による株式買取資金調達の注意点
→借入金には支払いの義務が発生する
→思うように株式買取が進まない可能性
→融資先からの情報を自分で精査する
→専門家に相談する

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